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連載・トランプ関税を読み解く(1)

トランプ相互関税の源流と行方(前編)

前編のポイント

  1. トランプ氏は1980年代から貿易不均衡問題に強い関心を抱いていたが、大統領就任後、同氏の通商政策を体系化した中心人物はピーター・ナバロ氏である。
  2. 第一次トランプ政権下では、通商政策に関連する主要公約がすべて実現された。第二次政権も、同様に高い優先度で同分野の公約実現を目指している可能性が高い。
  3. ナバロ氏は少なくとも9年前から「相互関税」の構想を描いていたが、第一次政権下では、その実現に必要な政治的条件が整わずに頓挫した。

何十年にもわたり、日本やその他の国々は米国を利用し続けてきた。(中略)日本人は自国防衛の莫大なコストを気にすることなく、(中略)前例のない規模の黒字を稼ぎながら、強くて活力のある経済を築いてきた。(中略)今こそ米国は、日本や他の余裕のある国々に費用を負担させることで、財政・貿易赤字に終止符を打つ時だ。(中略)日本やサウジアラビア、その他の国々に、同盟国として私たちが提供している安全保障の対価を払わせよう。(中略)米国ではなく、裕福な国々に課税しよう。

(ドナルド・J・トランプ、1987年9月2日)

トランプ大統領はなぜ、これほど関税に執着するのか。2025年4月2日に発表され、世界中に衝撃と混乱を与えた「相互関税」の狙いをめぐっては、貿易赤字の削減、米国製造業の再興、国家安全保障の確保、財源調達の手段、さらには交渉カードとしての活用など、さまざまな可能性が指摘されている。こうした多面性ゆえに、トランプ氏の言動は場当たり的だと受け取られることもある。だが、それは本当だろうか。

以下では、トランプ氏が1980年代から貿易不均衡問題に強い関心を抱いていたこと、そして、彼の問題意識の理論武装を支援した中心人物は、2016年以降、同氏のアドバイザーを務め、現在も通商・製造業担当上級顧問としてホワイトハウス内で影響力を保持しているピーター・ナバロ氏であったことを示す。また、第一次政権下では通商政策に関連する公約はすべて達成されたものの、トランプ氏がナバロ氏と二人三脚で目指した相互関税を「制度化」する試みは失敗に終わっていたことを指摘する。

トランプ関税の源流:フリーライドに対する憤り

冒頭の引用文は、イラン・イラク戦争が続いていた1987年、トランプ氏が自費で米国主要紙に掲載した意見広告「外交政策に関するレター」の一部である。彼の認識では、巨額の財政赤字に苦しむなか、米国は人命と多額の費用をかけてペルシャ湾における日本の石油タンカーを護衛し、日本の安全保障を支えていた。一方、経済的に成功していた日本は、その費用を負担することなく、米国が提供する安全保障にフリーライド(ただ乗り)していると批判している。また、当時は日米貿易摩擦が深刻化していた時期であったが、貿易面でも対日赤字が解消されていないことへの苛立ちが示されている。トランプ氏は結論として、同盟国に対し、米国が提供する安全保障の対価を負担させるべきだと主張している。

また2000年に出版された著書“The America We Deserve”では、次のような主張を展開している。すなわち、貿易赤字の規模を見れば、米国が貿易相手国から搾取されてきたことは明白であり、貿易協定の再交渉が不可欠だと述べている。ただし、その際には単に保護主義的な壁を築くのではなく、より厳しく、日本、フランス、ドイツ、サウジアラビアといった国々の市場が、米国市場と同様に米国製品に対して開放されることを求めるべきだとしている。ここでも諸外国が米国の貿易自由化努力にフリーライドしているとの認識が示されている。さらに同書では、自分が大統領に就任した場合は、日本やドイツとの通商交渉を自らが担当し、米国の労働者とその家族のために貿易赤字を削減することを約束している。以上のことは、トランプ氏が大統領就任以前から通商政策に高い関心を抱いていたことを示している。それどころか、第一次トランプ政権下で通商代表を務めたロバート・ライトハイザー氏の著書によれば、「貿易問題の解決こそ、彼が大統領選挙への出馬を決意した主な理由の一つであった」とされている。

2025年1月の第二次トランプ政権誕生以来、同氏が日本の貿易障壁のみならず、日米安全保障条約の内容にも不満を表明すると、日本では驚きをもって報道された。一方、上記の意見広告が示すとおり、同盟国による防衛上のフリーライドと貿易不均衡の双方を米国にとっての「経済的損失」と捉える同氏のスタンスは、決して最近になって形成されたものではない。これらは、彼が約40年前から一貫して抱き続けてきた信念にほかならない。

トランプ氏の想いを独自理論で体系化したナバロ氏

2016年の大統領選挙に出馬して以降、トランプ氏の通商観を現代の国内外の課題や「MAGA(Make America Great Again:米国を再び偉大に)」運動の文脈に即して再構築した中心人物は、現在、大統領上級顧問を務めるピーター・ナバロ氏である。

トランプ第一次政権は、歴代政権の中でもホワイトハウス上級スタッフの離職率が極めて高かったことで知られるが、ナバロ氏は3度の大統領選挙と2度の政権を通じ、常にトランプ氏の側近であり続けてきた数少ない存在である。同氏は自著の中で、自らを(一部のエリートやグローバリストではなく大衆の味方という意味での)「ポピュリスト」、かつ「経済ナショナリスト」であるとことを自負している。トランプ氏に対してナバロ氏がこれほどの影響力を維持し続けている背景については、「大統領の世界観と一致しているからだ」との指摘もある。

ハーバード大学で経済学の博士号を取得した後、長年にわたりカリフォルニア大学アーバイン校で教鞭をとっていたナバロ氏は、2016年の大統領選挙でトランプ陣営の政策アドバイザーに起用された。当時、かつてトランプ氏が「防衛面でフリーライドする同盟国」と批判していた日本の経済はすでに低迷しており、通商をめぐる米国の懸念先は、経済・軍事の両面で急速に台頭する中国へと移行していた。

強硬な中国脅威論者として知られるナバロ氏は、2006年に刊行した書籍を皮切りに、無秩序な政府補助金の付与や知的財産権の侵害といった手段を用いて安価に製造される中国製品が米国の製造業と労働者を脅かす可能性、さらには中国の海洋進出やサイバー攻撃が米中間の軍事的緊張を高める可能性について、早い段階から警鐘を鳴らしてきた(対中強硬策を唱えたナバロ氏は、2021年1月、中国政府から入国禁止などの制裁対象リストに加えられた)。こうしたナバロ氏をトランプ陣営の政策アドバイザーとして起用する決断を下したのは、同氏の主張に惚れ込んだトランプ氏の娘婿、ジャレッド・クシュナー氏であったとされる

アドバイザー就任後の2016年9月、ナバロ氏は、同じくトランプ候補陣営の政策アドバイザーであったウィルバー・ロス氏(後の商務長官)と共に、『トランプ経済政策の分析:貿易・規制・エネルギー政策の影響』と題する約30ページのレポートを公表した。このレポートには、現在、世界に混乱と不確実性を与えている第二次トランプ政権の通商政策の枠組みを理解するうえで極めて重要な情報が凝縮されている。

その主張の経済学的な妥当性は別として、同レポートに示されたナバロ氏の認識によれば、米国の慢性的な貿易赤字と、その結果としての製造業の衰退・空洞化・雇用喪失、そして経済成長率の低下は、米国の貿易相手国が維持する高い関税・非関税障壁、自国通貨を不当に安く誘導するための為替操作、不公正な付加価値税(VAT、日本の消費税に相当)、不公正な政府補助金、知的財産権の侵害、そして技術の窃取などに起因するとされる。

加えて、こうした不公正な貿易慣行が一向に是正されない背景には、世界貿易機関(WTO)のルールと紛争解決機能の構造的欠陥、さらには北米自由貿易協定(NAFTA)交渉や中国のWTO加盟交渉を含む、過去の通商交渉における米国政府の怠慢があると指摘する。以上の認識に基づき、レポートでは、トランプ政権が誕生した際に優先すべき施策として、不適切な貿易協定の再交渉、不公正な貿易慣行への対応、そして為替操作国への対応が掲げられた。

交渉手段としての相互関税

2016年のナバロ氏らのレポートで注目すべきポイントは2点ある。第一に、「手段としての関税」に対する彼の基本的な考え方である。ナバロ氏は、「関税は最終的な目的としてではなく、むしろ交渉の手段として用いられ、我々の貿易相手国が不公正な行為をやめるよう促すために利用される。しかしながら、不正が是正されない場合には、競争条件を公平にするために、トランプ氏は適切な防衛的関税を課す(p.17、筆者訳)」と述べている。これは明らかに、第二次トランプ政権が推進している「相互関税」の基本思想を示すものである。以上より、トランプ氏の相互関税措置は、第二次政権発足にむけた準備の過程で突如として浮上したものではなく、ナバロ氏が9年前から温め、練り上げてきた戦略に基づいていることが確認できる。

第二に、対日交渉の方針に関するナバロ氏の見解である。レポートでは、日本、韓国、ドイツに対する米国の貿易赤字は、これらの国が石油や天然ガスといったエネルギー資源の調達を米国以外の国に依存していることから、調達先を米国に転換させることで、相手国に過度な負担を強いることなく米国は貿易赤字を縮小できると見通している(p.21)。現在、相互関税をめぐり日米間の二国間交渉が開始されているが、ナバロ氏の認識が当時と変わっていないのであれば、「米国産化石燃料の輸入拡大」は交渉妥結にむけた大きなカードとなり得るかもしれない。

2016年のレポートの結論部分においてナバロ氏は、彼が提唱する通商政策ビジョンが実現した場合、国内の設備投資や輸出の拡大を通じて米国経済は活性化し、連邦政府の税収は1兆7,400億ドル増加するとの楽観的な試算結果を提示している。ただし、「貿易赤字そのものが悪であり、是正されるべきである」とする同氏のロジックの妥当性については、2016年当時から多くの経済学者が批判的な見解を示している。この点については、機会をあらためて解説したい。

衝動か戦略か?第一次トランプ政権で実現されたこと

ナバロ氏の政策ビジョンに呼応するかたちで、トランプ氏は2016年の大統領選挙において、通商政策に関連する以下の4つの公約を掲げた。すなわち、(1)環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉から離脱する、(2)1994年に米国、カナダ、メキシコの間で締結されたNAFTAの再交渉を行う(または離脱する)、(3)中国産を含む輸入品に対する関税を引き上げる、そして(4)中国を為替操作国として認定する、の4点である。

とりわけナバロ氏は、NAFTAと2001年の中国WTO加盟こそが、米国の製造業を衰退させ、ブルーカラー労働者から職を奪い、地域コミュニティを崩壊させた根本的な原因であり、「トランプ氏のMAGA運動の種を蒔いた出来事であった」との信念を抱いている。NAFTAの発効は、多くの製造業企業がメキシコ側に工場を移転する契機となっただけでなく、米国から良質な農産品がメキシコ市場に輸出され、結果的に職を失ったメキシコの農業従事者が不法移民として米国に流入し、労働市場を圧迫する要因になったと主張する。また、中国がWTOに加盟した後、政府補助金、知的財産権の侵害、技術の窃取といった手段によって安価に製造された中国製品が大量に米国に流入し、米国製造業の基盤が壊滅的な打撃を受けた、との認識も持っている。そして、上記の公約のうち特に(2)から(4)は、MAGAを実現するための必要条件であるというのが、ナバロ氏の強い確信である。

トランプ氏は大統領就任後、上記4つの公約をすべて実現させた。まず、2017年1月23日、TPPからの離脱を指示する大統領覚書に署名し、代わりに米国にとってより有利な二国間の貿易交渉を各国と開始するよう指示した。同年5月にはNAFTAの再交渉が始まり、2020年7月1日に米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)と呼ばれる新たな協定が発効した。米国自動車産業の利益を守るべく、USMCAには、自動車部品の付加価値の75%が北米産であること、完成車メーカーが購入する鉄鋼・アルミニウムの7割が北米産であること、そして部品の40〜45%が「時給16ドル以上の労働者」によって製造されることなどを義務付ける、極めて厳格な原産地規則が盛り込まれることとなった。

関税引上げの公約については、たとえば2018年3月27日、トランプ氏は安全保障上の理由から、1962年通商拡大法232条に基づき鉄鋼製品に25%、アルミ製品に10%の追加関税を課した。トランプ氏と安倍元総理の良好な関係にもかかわらず、日本製品は適用除外を得ることができず、関税賦課の対象とされた。2020年2月14日には、中国による米国の重要技術の不当獲得・窃取などを理由に、1974年通商法301条に基づく大規模な対中制裁関税が発動された。これに対して中国も報復関税を発動したことから、米中間で大規模な関税戦争が展開されるに至った。なお、鉄鋼・アルミ関税および対中制裁関税はいずれもWTOの紛争解決手続きの第一審(パネル)において米国の違反が認定されたが、それでも米国は措置を是正しなかった。

為替操作国認定についても、公約通りの措置が講じられた。米国が対中関税を引き上げても、中国が人民元を意図的に安値に誘導するならば、中国製品の輸出競争力は上昇し、米側の関税措置の一部は無効化されることとなる。その判断には米国内でも批判的な声があがったが、2019年8月5日、当時のムニューシン財務長官は中国を正式に為替操作国に認定した。一方、2020年1月、関税戦争の打開に向けて米中間で署名された経済・貿易協定(第一段階合意)において中国が人民元安の誘導を行わないことを約束したことから、為替操作国としての認定は撤回された。もっとも、その後も中国は「監視対象国」として米財務省の報告書に記載されている(日本も同様に監視対象国に含まれている)。

第一次トランプ政権において通商政策関連の公約がすべて達成されたという事実は、トランプ氏が通商問題の解決を重視していること、そして選挙時の公約は決して衝動的なものではなく、同氏が抱き続けてきた信念と、ナバロ氏が体系化した政策枠組みから導き出された産物であったことを示している。このことは、第二次政権下でも、トランプ氏とナバロ氏が高い優先度で通商政策関連の公約実現を目指している可能性が高いことを示唆している(詳細は後編にて)。

2019年の米国相互通商法案

2019年1月、共和党のショーン・ダフィー下院議員(ウィスコンシン州選出、現在は運輸長官)が「米国相互通商法(USRTA)」の法案を提出した。同法案は、米国よりも高い関税や非関税障壁を維持する外国に対して一方的に追加関税を課す権限を大統領に与えるものであった。同法案は、ホワイトハウスからの強い働きかけにより提出されたものであり、提出後、法案の必要性を議員たちに最も積極的に売り込んだのもナバロ氏であったとされる。トランプ大統領自身も、2019年2月の一般教書演説において同法案を可決するよう、連邦議員に対して超党派の協力を促した

同年5月には、ナバロ氏が局長を務めるホワイトハウス通商・製造業政策局(OTMP)がUSRTAに関する報告書を公表した。同報告書では、WTOルールの基本原則のひとつである最恵国待遇(MFN)原則が、他の加盟国に関税自由化を促すうえで必ずしも機能してこなかったことが根本的な問題であると指摘されている。その結果、中国やインドを含む貿易相手国は米国の自由化努力にフリーライドする一方、米国の輸出業者は、外国の業者が米国市場で直面するよりも高い貿易障壁に直面し、これが貿易赤字を生み出してきたと述べられている。

そのうえで報告書は、USRTAの一義的な目的は関税を引き上げることではなく、外国政府に交渉のテーブルにつかせ、より公平な貿易関係を確立し、貿易赤字を縮小させることにあると指摘する。これは2000年のトランプ氏の著書や2016年のナバロ氏らのレポートの主張とも一致する。加えて、USRTAが実施された場合、仮に貿易相手国が米国と同じ水準まで関税率を引き下げたとしても、あるいは逆に、米国が相手国と同じ水準まで関税率を引き上げたとしても、いずれの場合も米国の貿易赤字縮小という目的は達成されるとのシミュレーション結果が示されている。さらに、関税率は低いものの非関税障壁が高い国として日本を名指しし、そうした国に対してもUSRTAが有効な交渉ツールになり得ると指摘している(p.23)。以上の3点は、第二次トランプ政権下で発表された「相互関税」措置の本質や狙いを理解するうえでも重要であろう。

相互関税制度化の失敗と教訓

同法案は連邦議会で可決されないまま、最終的に廃案となった。主な理由としては、大統領の通商権限が過度に拡大することへの懸念、および外国からの報復措置を招く可能性への懸念があったこと、そして当時下院では民主党が多数派を獲得していたことがあげられる。

第二次トランプ政権では、2024年の貿易赤字が過去最大規模となったことを国家の緊急事態と位置づけ、国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく大統領令により相互関税措置を実施しようとしている。大統領令の活用は、立法化に失敗した第一次政権時代の教訓を踏まえた対応とも考えられる。一方、IEEPAを根拠に大統領が関税を引き上げることの是非をめぐっては、越権行為であるとしてカリフォルニア州知事が提訴する動きが確認されている。さらに、大統領による一方的な関税引上げに歯止めをかけるため、超党派による法案提出の動きも出ている。(続く)

次回後編では、2024年の大統領選挙中のナバロ氏の提言、トランプ氏の通商関連の選挙公約、大統領就任後に発表された「米国第一通商政策(America First Trade Policy)」および相互関税措置の中身を整理し、第二次トランプ政権における今後の通商政策の行方を展望する。

連載・トランプ関税を読み解く(2)

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