ポイント
- 経済安全保障リスクは突発事象ではなく「常態」であり、多くの場合、政府・企業いずれか単独では対応できない外部性の問題である。
- 政府と企業は上下関係ではなく、異なる知見と限界を持つ補完的な当事者である。
- 官民連携とは単なる「協力」ではなく、新「常態」に対応する経済安全保障アーキテクチャの「共同構築への参画」である。
なぜ今、経済安全保障の官民連携が問われているのか
2026年に入って、米国によるベネズエラの大統領拘束、中国による日本向け両用品規制など、見過ごすことができない事象が続いている。また技術分野でも、最先端半導体製造装置の輸入が難しくなった中国で、同装置の自国生産が実現するなど、分断と競争は加速している。地政学的緊張、経済規制、技術の分断は、決して突発リスクではない。むしろ今やこれが「常態」でもある。
政府は、経済産業省に大臣官房経済安全保障室(2019年)、国家安全保障局(NSS)に経済班(2020年)を設置。その後、経済安全保障推進法(2022年)、重要経済安保情報保護活用法(2024年)、能動的サイバー防御関連法(2025年)等の制度を整備した。経産省やNSSは、制度立ち上げ期の「設計ドライバー」であり、また、内閣サイバー統括官の設置(2024年)に続き、国家情報局構想やスパイ防止法に向けた議論など、経済安全保障を国家防衛・情報防護フェーズへ移行させるドライバーにもなっている。
民間企業では、三菱電機(2020年10月)、デンソー(2020年12月)、NEC(2021年4月)が他の企業に先んじて経済安全保障の専門部署を設置。米中の技術覇権が顕在化し、経済安全保障が企業活動の持続性に対する戦略的リスクになると認識したこれら企業は、能動的に動き始めた。
政府の指向する経済安全保障と、企業のそれは目的において必ずしも一致していない。しかし、経済活動のフロントラインが企業である以上、個別の企業努力だけでは対処しきれない「負の外部性」に起因するリスクに単独で対応することには限界がある。こうした前提の下で、政府と企業はいかに連携し得るのか。その問いの中に、官民連携という言葉の本質がある。
政府は何を知っていて、何を知らないのか
政府には国際的なネットワークを通じた外交や規制の情報が集約されており、必然的に国家間の力学や制度動向に通じている。特に、外交、軍事、経済、治安に関しては、内閣情報官(内閣情報調査室)が「何が起きているか」を、国家安全保障局が「何をするか」を定期的に首相に報告する形態となっている。
しかし、政府は企業活動の実態までは承知していない。中国が特定の鉱物の輸出管理を強化した際、その影響を瞬時に理解できるような万能の機関ではない。現実には影響を受けると推定される企業にヒアリングを行いながら丹念に情報を収集している。技術の優位性や先行性に対する知識も、政府には十分ではない。
この視点で官民連携を捉えれば、経済運営において「政高民低」という単純な関係は成立しないことが分かる。
企業は何を分かっていて、何に気づけていないのか
企業は、事業、技術、取引の現実を把握し、自社・自国の事業や技術が他社・他国との競争でどのような立ち位置にあるのかを冷静に分析している。それは、日々の意思決定に責任を負うために必要な情報だ。
しかし、紛争、制裁、制度矛盾といったリスクの外部性が高まるにつれて、一社の情報収集あるいは分析力だけでは、自社の経営行動に結びつけて判断することが難しくなっている。
取引規制が強化されれば、自社への影響を分析し対策を行う企業がほとんどだろう。しかし、複雑化したグローバル・サプライチェーンにおいて、自社のチョークポイントを特定することは容易ではない。
加えて、経済合理性に立脚する従来型のリスクマトリックス(発生確率×影響額)では、経済安全保障リスクを捉えることはできない。今の国際情勢は、従来のコーポレートガバナンスが想定していなかった状況であり、企業経営の教科書に基づいて構築されてきた統治機構の中には、経済安全保障リスクに気づく仕組みが十分に組み込まれていなかったのである。
政府が思考する官民連携の「装置」
経済安全保障を企業内で議論すると、経済合理性に対するアンチテーゼとして捉えられることが多い。同じように政府が経済安全保障を企業に向けて発すると、企業は一義的には「制約」として捉えてしまう傾向がある。
これに対し政府が思考する官民連携には、構想段階のものも含め以下の5つのアプローチが見られる。
① 情報共有の制度化:官民で秘匿性を担保して情報を話し合える「官民協議会」を準備中。
② ガバナンスへの問題提起:「経済安全保障経営ガイドライン」を公開。経営者が認識し取り組むべき施策を明示し、併せて、ステークホルダーとの対話の促進を呼びかける。
③ 政府への人材受け入れ:「外部専門家」として経済産業省は、民間企業の人材を受け入れ開始。官民双方の情報収集能力の向上と、危機を想定した思考方法を共有する試み。
④ 政府シンクタンクの設立:経済産業研究所(RIETI)の下に、経済安全保障に関する基礎研究・分析を担うシンクタンクを整備する。官民連携は必須の条件。
⑤ 民間シンクタンクとの連携:民間シンクタンクの知見を集約する形で、日本を経済安全保障の発信基地とする構想。2025年には、経済安全保障に関わる国際会議を東京で集中開催。
もちろん、これらの装置群は官民の補完関係を成立させるには未完成なものである。しかし、注目すべきは政府が「政高民低」を排し、民間との情報の共有に舵を切ったことである。官民連携は単なる協力関係ではなく、新たな「常態」に対応する経済安全保障アーキテクチャ構築への参画なのだ。しかし、企業がこの枠組みに参加するインセンティブを政府が示せるかに連携の成否がかかっている。
日本の官民連携は進んでいるのか
海外の識者からは、日本の官民連携は「進んでいる」「不思議だ」といった声を聞く。確かに規制当事者である政府と、可能な限り自由な取引を担保したい企業とでは利益は相反する。
概括的に述べることは危険だが、理念先行の傾向がある欧州は、規範設計や競争政策として規制化する推進力が高い一方、その過程で官民の対話に過度な透明性が求められることから、ミクロの実態把握が難しく、企業への実装が遅くなる傾向がある。また、その理念すらも、一部の国で台頭する極右政党や、米国の対欧州の姿勢によって大きく揺らいでいる。
また、米国は政府の保有する圧倒的な情報量と制裁・規制の即応性の面で優れている一方、企業と政府の関係が「取り締り」か「補助金」かといった二極化に進む傾向にあり、官民が連携して国家の経済運営を担うという意識には欠けている。
日本の場合、政府は自らが「すべてを承知しているわけではない」ことを前提として民間からの協力を求めてきた歴史がある。こうした歴史の背景には、戦後の混乱期から経済活動を担うリソースが枯渇し、官民の協力の前提が共有されてきたことがあるとも考えられる。これは政府が賢くなることでもなく、民間が政府に従順になることでもない。
制度的には未完成だが、国際情勢が急速に不安定化する中で、日本モデルは有効に機能する理想像の一つと言えるだろう。
なぜ企業の側で、まだ少数派にとどまっているのか
それでも、経済安全保障を企業のガバナンス体系に取り込み、また、官民連携の重要性に気づいている企業は多くはない。
さらに言えば、経済安全保障をただリスク回避の施策と誤解し、事業活動を過度に萎縮させてしまえば、当該企業の競争力のみならず、国力の源泉である経済力までも損ねてしまう可能性すらある。そうした意味で、経済安全保障の本質を理解している企業はごく少数と言わざるを得ない。
この背景には、経済安全保障が国家安全保障の文脈で語られてきたために、企業においては制度対応、コンプライアンスの延長線として処置される傾向があること、加えて、コーポレートガバナンスの観点でも、リスク回避や説明責任の問題として捉えられることが挙げられる。前述の経済安全保障経営ガイドラインも、経済安全保障への取り組みを善管注意義務の文脈で説明している部分があり、理解が十分ではない社外取締役が自らの責任回避から、過度なリスク回避(ビジネスマインドの萎縮)を誘導してしまう懸念がある。
経済安全保障を「守り」として扱う姿勢を修正するには、官民連携を通じて、改めて政府と企業の立脚点が異なることを理解した上でのコミュニケーションが必要になる。
ビジネスへのインプリケーション
企業にとっての経済安全保障は規制対応ではなく、事業を持続的に成長させるための経営戦略の一部である。その目的の下では、官民連携は参加するか否かではなく、経済安全保障アーキテクチャの構築にいかに関与するかという問題になる。政府も官民連携を国家安全保障の文脈ではなく、企業のインセンティブとして説明する必要がある。
また、企業では、「外部性」という市場の歪みをいかに意思決定に組み込むのか、官民連携、民間企業間連携は誰が担うのか、経営戦略に昇華させるにはどのようなインテリジェンスを組織体に組み込むのかも考えなければならない。それこそが、世界に誇れる日本型官民連携を玉成させる必要条件だ。
(c) 首相官邸「経済安全保障推進会議」