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米国の通商政策と日本への影響

※本記事の英語版はこちらに掲載しています。

ドナルド・トランプの通商政策の理解

「トランプ政権は自由貿易に対して攻撃を仕掛けている」とする批判は、第二次トランプ政権以前には自由貿易体制が存在していた、という誤った前提に基づいている。実際には、トランプ2.0以前から完全な自由貿易など実現していなかった。各国はこれまでも、程度の差こそあれ、世界貿易機関(WTO)のルールと原則のもとで許容される範囲内で、保護主義的な関税や非関税措置を利用し続けてきた。一部の人びとはそうした体制を「ルールに基づくグローバル経済秩序」と呼び、それなりの正当性を見出してきたのである。では、なぜ米国の歴代政権は数十年にわたりこの秩序を支持してきたのか。そして、なぜいまトランプはそれを覆そうとしているのか。

その答えは、多くのアメリカ人が、消費者にとっての商品価格や企業にとっての投入コストを下げたこの旧来の体制を容認し、称賛してきたということである。これは、すべての他の要素に優先して、貿易の目的と美徳がそこにあるとされていたからであり、この見方は、直感的に今もなお魅力的である。これは、比較優位の考え方に基づいており、18世紀の経済者デヴィッド・リカードにまで遡ることができる。この考え方のもとでは、各国は自国が得意とするものを輸出し、他国がより良くより安く生産できる商品やサービスを輸入する。一般論として、貿易が自由であればあるほど、誰もがよりよい生活を送ることができるというのが自由貿易の考え方である。

この理論と論理は、トランプ政権や相当数のアメリカ人には完全には響かない。政権は必ずしもこの理論を否定しているわけではないが、ホワイトハウスはそれを限定的で不完全なものと見なしているようである。トランプ政権は、「国益をますます損なう」と考えている。その理屈では、消費者利益優先主義に偏りすぎると犠牲が伴う。自由貿易は、地域社会や国家の他のニーズが推進されるかどうかには無関心である。

トランプ政権において安価で信頼できるエネルギー生産と製造業は、すべての大国と複雑な社会にとって、長期的な繁栄と安全保障のために不可欠である。おそらくこれは、エネルギーがほぼすべての経済活動の命脈であり、「モノを作ること」(単にサービスを提供することではない)が産業の強靭性の基盤であるからだろう。結局、米国は2度の世界大戦で勝利を収めたのは、大量の軍備やその他の必需品を迅速にという戦時経済へと移行できたからである。

トランプ政権は、関税に反対する経済学者たちが、目先の消費主義の最大化に固執しすぎて、「モノを作ること」の国家的・社会的な重要性を見失っていると主張するかもしれない。実際、トランプの通商政策の支持者たちは、アダム・スミスに勝るとも劣らない。アダム・スミスは『国富論』の中で「国内産業を奨励するために外国(主体)に一定の負担を課すのは、国家安全保障のために必要な場合には妥当である」と論じている。18世紀において、これはおそらく船の帆や火薬といったものを指していた。現代では、防衛と国家安全保障がカバーする範囲は、重要鉱物や鉄鋼から産業用化学品、AIデータセンターにまで及んでいる。さらに、COVID-19のパンデミックによって、他にも多くの部門が重要であることが明らかになった。

製造業もまた、イノベーションにとっても不可欠である。例えば、台湾の場合、半導体製造において世界をリードすることを可能にしたのは、「見えざる手」ではなく、意図的な政策決定だった。このような政策は、他のいわゆる「自然な」優位性をもたらすことになる。これに対して、実際の製品を生産しない国では、イノベーションのクラスターを簡単に作り出すことはできない。したがって、アメリカの再工業化および製造業とイノベーションの復興は、トランプの通商政策の原動力であるように見えるそのために関税を使って国内生産者に米国市場での優位性を与えようとしているように思われる。

トランプ政権は、関税戦略が他の分野でコストを下げ、効率を高めなければ失敗することを認めている。そのため、エネルギー、規制緩和、労使関係、税制に関連する政策を展開して、供給側において米国内の企業を支援し、動機づけている。

つまり、トランプ関税の主要な動機は、米国の再工業化を加速させることである。トランプ大統領の考えでは、世界の多く(特にアジア)は、米国への輸出のための生産を優先する一方で、国内消費を抑制し、米国に拠点を置く生産者がアジアの国々に商品を販売する能力を阻害するような経済設計を築いてきた。日本がこのアプローチの先駆者だが、それを中国が採用し、その「不公正な」仕組みをアメリカに対して大規模に拡大した、というのが彼の見方である。

この文脈においては、対米貿易黒字が、アジア諸国によるこのような搾取が行われていることの証拠であると彼は考えている。したがって、対米貿易黒字を削減することは、そのような搾取が逆転されていることの指標となる。しかし、トランプの通商政策の主な原動力となっているのは、米国の製造工業化である。

トランプとの通商交渉の戦術

上記は、トランプの通商政策の構造的または知的な推進要因を示している。10〜15%の一般関税は、このトランプ政権期、そしておそらくそれ以降も恒久的な特徴となる可能性が高い。

さらに、トランプには、米国内の国内政治をコントロールしたいという思惑がベースにある。米国内の政治的思惑は、トランプが提示した90日間の猶予期間終了後に間もなく復活すると思われる「解放の日の相互関税」を、米国視点で優位に進めるための戦術が根底にある。

トランプの政治的目的に関して言えば、共和党員の多くは、米国の急速な再工業化の必要性には同意している。一方、トランプ政権の関税への依存に関しては神経質になっている。そのため、トランプ政権としては、「解放の日」の関税が目の前になければしなかったであろう貿易相手国の譲歩を、何とかして引き出したという証拠が必要なのだ。これは、ピーター・ナヴァロが4月に、「トランプがチーフ・ネゴシエーターとしての役割を果たすだけでなく、「90日間で90件の協定」を目指す」とコメントした背景にある。

このことから、トランプ政権が、米国にとって表向き有利な取引を成立させなければならないというプレッシャーにさらされていることが窺える。トランプは、チーフ・ネゴシエーターとして、主要貿易相手国との取引を、表向きには米国に有利な条件で締結・発表しなければならないという相当なプレッシャーにさらされている。相互関税を正当化したうえで、さらにその方針が即座に成功をもたらし、交渉戦略の成功の一部であると主張するために、トランプはこれらを必要としているのだ。

また、チーフ・ネゴシエーターとしてのトランプは他国と直接取引する際、他国の交渉担当者の役割を担う他国の指導者たちから尊敬と畏敬の念を集め、それを享受し続けていることを示すことにも熱心だ。

トランプの狙いであったのは、他国の指導者が、米国の貿易・経済的利益を推進する協定を締結するためにトランプに直接働きかけるように仕向けること。そして、これこそが、トランプに対処するための、数少ない成功への道筋の一つとなったケースがある。例えば、英国である:

  1. 英国の自動車メーカーは、現在は、削減された10%関税で米国に輸出できるようになった。
  2. エンジンや航空機部品などの製品に対する10%の関税は撤廃され、米国はそれらに0%を維持することを約束した。

キア・スターマー英首相は、戦術的アプローチで成功を収めた。スターマー首相は、トランプ大統領の貿易アジェンダを表向き支持するため、トランプ大統領と何度も会談を行った。また、個人的に、トランプ大統領に働きかけることを重視した。つまり、スターマー首相は、トランプ氏を最も重要で影響力のある相手として扱ったのだ。

ベトナムのトー・ラム書記長も、類似の対応をとったことで、大きな成功を収めたことは注目に値する。ベトナムのラム書記長は、4月以降、トランプと何度も電話会談を行っている。この動きは、トランプにとって、これは米国大統領に対する個人的な尊敬と畏敬の念を、公的かつ個人的に示したものとみなされた。

さらに、英国とベトナムの両国は、トランプに具体的な譲歩を提示したことで、貿易・関税政策という点において、米国にとっての成果をトランプ自身が発信出来るようにした。例えば、トランプはベトナムとの取引について、米国の輸入品に対する関税がゼロになった、と自慢した。その詳細はまだ曖昧で、米国の輸出企業にどの程度の利益をもたらすのかも不明である。とはいえ、トランプにとっては、自身が追い求めている「交渉の「勝利」」を示すことができるものとなった。

さらに、これら2国の指導者は、「先手必勝」の優位性を掴むことこそが、戦術的利益をもたらすことを認識していた。トランプは決して「90日間で90件の協定」を達成するつもりはなかった。しかし、彼は「解放の日」の関税猶予期間が終わる前に、いくつかの注目すべき合意を達成しなければならないというプレッシャーに直面していることに変わりはない。この2国の指導者が、他国の指導者より先んじて動いたことで、90日間の「解放の日」関税の猶予期間中に、米国との有意義な合意を締結する可能性を大幅に高めることになった。

日本にとっての教訓

日本の良かった点を挙げるとすれば、日本は当初から、トランプ関税の主要目的が米国の再工業化を促進することであると理解していた点である。2月、石破茂総理は、日本の対米直接投資(FDI)を1兆米ドル超に増額。また、日本が「スターゲート計画」など米国主導のプロジェクトを支援することで、今後10年間、米国をAIのリーダーとして位置づけることに協力すると提案した。この石破総理による初期段階からの経済外交上の働きかけは、日米二国間関係が強固な基盤の上にあり、日本がトランプ関税制度における特別な除外と特権を受けるだろうという楽観論を高めた。

確かに、日本は他の多くの米国の貿易相手国よりも強い立場からスタートした。しかし、英国やベトナムのような国々は、日本よりも戦術的に優れた働きを展開した。

特に:

  • 日本は、米国との取引の交渉において、「最も迅速に動いた国が最良の結果を得る」ということを理解すべきだった。対照的に、「様子見」アプローチは戦術的に間違っている。トランプは、通商取引において即時の結果を必要としており、トランプが他国に提示するものは、時間が経過すればするほど悪化するからである。
  • トランプは自分を「チーフ・ネゴシエーター」と見なしている。したがって、交渉は、上級官僚や役人ではなく、政府首脳によって主導されなければならない。一国の政府首脳が交渉を主導することは、チーフ・ネゴシエーターとしての米国大統領に対する個人的、組織的な敬意と畏敬の印となる。
  • トランプの主要通商交渉担当高官(例:ハワード・ラトニック商務長官、スコット・ベッセント財務長官、ジェイミソン・グリア米通商代表など)が、他国への譲歩を申し出る個人的・組織的権限は限定的であった。代わりに、交渉担当者が主導権を握る前に、トランプが、通商上取引を継続したい他国について、トランプが彼ら高官にシグナルを送るのを待っているようにみえる。したがって、貿易協定で米国から「イエス」を得るには、政府首脳が交渉において主導的かつ積極的な役割を果たす必要がある。
  • 日本が米国に対して行う、または実行することを約束する莫大な対米直接投資は、「解放の日」貿易交渉以前に、これまでの経済関係にすでに織り込まれていた。実際、トランプが自動車とコメを交渉の争点としているのは、日本が妥協案を提示し、トランプが「勝利」を主張できる分野だからである。さらに、日本の交渉担当者があからさまに「日本車に対する米国の25%の関税は受け入れられない」という立場から交渉を始めたことは、戦術的には間違いだった可能性がある。このような姿勢で交渉を開始することは戦術的にリスクが高く、裏目に出た可能性もある。

今後の道筋

  • 日本には時間が残されていない。米国は、石破総理による直接的な介入と関与があった場合、「貿易黒字を削減し、米国の再工業化を支援する」取引を交渉するために、日本に数週間という短期間の延長を提供する可能性が高い。
  • 政治的理由により、トランプは、農業であれ自動車であれ、日本がこれまで提示する用意のなかった譲歩を受ける必要がある。チーフ・ネゴシエーターであるトランプは、どのような交渉や合意においても、成功を主張しなければならない。重要なのは、日本の利益を損なうことではなく、むしろ、日本の利益を高めるような譲歩を日本が米国に提示することである。例えば、日本市場におけるコメの国内供給に短期的な不足がある。日本が米国と、より包括的な協定を交渉する時間を確保するために、米国のコメ生産者に対する一時的な譲歩を検討するかもしれない。これはトランプにとっては「成功」であり、日本にとっても短期的な供給問題を緩和するうえでの「成功」でもある。
  • 日本の防衛費のレベルについては、この関税の交渉とは別に、並行して話が進むだろう。日本は防衛費の増額を、トランプへの「譲歩」とすべきではない。その代わりに、日本の指導者は、英国のスターマー首相が行ったのと同じように、日本が「積極的な」指導者が、防衛費の増加を英断したと印象付けるべきである。実際、トランプは、相手国の指導者を積極的で大胆な人物と見なせば、同盟国として寛大になる。トランプにとっては、個人的・政治的リスクを取っても、トランプと共通の道を歩む大胆な指導者こそが報われるのである。

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