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経済安全保障の時代のコーポレートガバナンス

ポイント

  1. 2013年以降のコーポレートガバナンス改革は、社外取締役の増加や市場規律の強化を通じて企業行動を変化させ、資本効率の改善や株価上昇など一定の成果を上げた。他方で、短期志向の強まりと経営資源配分における偏り、そして形式的遵守の拡大など、課題も指摘されている。
  2. 自由貿易を前提としたグローバル化の時代から、大国間競争と経済安全保障の時代へと環境は大きく変化した。経済活動における政府の戦略的な介入と国家安全保障における企業の役割は増している。市場の自律性を基軸とした従来のコーポレートガバナンスの議論は、その前提の再検討を迫られている。
  3. 経済安全保障は、コンプライアンスやリスク管理を超え、成長戦略とも結び付きつつある。高市政権の「危機管理投資・成長投資」など政府の長期的関与は、新たな市場機会を創出する力を持っている。経済合理性と安全保障を統合する視点が今後の鍵となる。

日本版コーポレートガバナンス・コード(以下、「CGコード」)が策定されて10年以上が経過した。本稿では、日本におけるコーポレートガバナンス改革の現在地を確認し、コーポレートガバナンスの議論の前提条件の変化に目を向けつつ、経済安全保障の観点に基づく考え方を示したい。

日本のコーポレートガバナンス改革の現在地

コーポレートガバナンスとは、上場企業が株主などのステークホルダーと協働しつつ、中長期的な企業価値の向上を図るための行動原則である。日本では1990年代後半の金融ビッグバンを契機に議論が進められてきたが、改革として本格的に定着したのは、安倍政権の「日本再興計画-Japan is Back-」(2013年)以降である。

冷戦時代、反共の防波堤としての価値を米国に認められていた日本は、護送船団方式やメインバンク制度の下、雇用の安定を最優先に最適化された独自の成長モデルを維持してきた。しかし、冷戦終結後、人・モノ・資本・情報の移動の自由化が進む時代に入ると、米国による地政学的配慮は弱まり、冷戦という特殊な状況下で成功し経路依存に陥った日本的経営モデルの競争優位性は失われていった。

安倍政権は、英国のコーポレートガバナンス改革やOECDコーポレートガバナンス原則などの国際的潮流を参考に、日本で長く軽視されてきた株主価値の観点から日本企業の低い資本効率の改善を促し、世界からの投資を呼び込むことで、生産性向上と投資の好循環(インベストメント・チェーン)の実現を目指した。不正防止などのいわゆる「守り」の論理ではなく、企業の成長を後押しする「攻めのガバナンス」(“growth-oriented governance”)という概念は、リスクテイクを十分に行わない経営が問題視されてきた日本特有のものである。

結果として、上場企業の経営のあり方および資本市場の姿は大きく変わった。企業の経路依存を監督し、株主視点から資本効率の改善を促す独立社外取締役の数は大幅に増加し、成長戦略、M&A、次期社長や経営幹部の選任などの最重要事項の意思決定に関与している。取締役会も、従来の実務案件の決議や法令遵守事項の確認の場から、「戦略的な方向付け」を行う議論の場へと転換が図られている。また資本市場改革も進み、今や日本市場は米国に次いで株主アクティビズムが活発な市場の一つとなっている。東京証券取引所も2024年に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を発表するなど、日本企業は国内外から資本効率の向上を迫られている。

日経平均株価に目を向けると、2013年から約10年で1990年来の最高値を達成し、高市政権が誕生してからも上昇基調にある。地政学的な構造要因もあるが、過去十数年の株価上昇は、コーポレートガバナンス改革による期待形成に支えられてきたとの評価は、国内外で一定程度共有されている。

他方で、高まる市場圧力の中で企業がコストカットや株主還元による短期的成果を優先し、経営資源が成長投資に十分振り向けられてこなかったとの批判もある。高い現預金比率は資本効率の観点からは非効率とされるが、その資金が国民ではなく海外の投機筋へ流れ出ていくことへの違和感も根強い。また、原則主義を掲げるCGコードに改訂の度に細かな記述が加えられ、企業の「稼ぐ力」に直結しない規範やルールが拡大し、チェックボックス的な遵守を促す形式主義を助長しているとの反省も強まっている。

現在、金融庁と東京証券取引所は「コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議」を開催し、CGコードの見直しに向けた議論を進めている。その中では、原点に立ち返ったCGコードのスリム化・プリンシプル化や、経営資源配分の適切性の検証等の明確化などが議論されている。

「大国間競争時代」に問うコーポレートガバナンス

2015年のCGコード策定時と現在とで大きく異なるのは、地政学的な諸条件の変化と、安全保障における企業の役割に対する認識の変化である。

当時は、グローバル化の進展を前提に、自由な貿易と資本移動、多国間協調を通じてルールに基づく国際秩序と経済的な繁栄を実現するという時代の延長線上にあった。市場原理に基づく経済合理性、国家の役割の最小化、国家を超えた普遍的価値の追求といった世界観が主流であったと言える。言うまでもなく、現在のような「経済安全保障」が一般的な政策課題として議論される状況ではなかった。

もっとも、ロシアによるクリミア併合(2014年)の時点で、「地政学の復活」はすでに始まっていた。しかし、そうした認識や議論は一部の安全保障コミュニティにとどまり、ビジネス界全体に広く共有されるには至らなかった。その後、2017年に誕生した第一次トランプ政権の下で米中対立が顕在化し、板挟みとなった日本でも技術流出などに関する議論が本格化した。2020年の新型コロナウイルス感染症の拡大、2022年のロシアによるウクライナ侵攻を経て、サプライチェーンの途絶や地政学的リスクが企業経営の具体的課題として認識されるようになった。

今後は、2025年11月に公表された米国の国家安全保障戦略(National Security Strategy)に象徴されるように、大国が価値観や理念ではなく「実利」に基づいて競争と共存を図る国際秩序が志向される可能性が高い。先端・新興技術への投資や、生産・インフラ機能の強化は、市場競争を通じた成長戦略であると同時に、国家の防衛・安全保障の基盤を構成する。企業は経済と安全保障の接点で戦略的役割を担うことを求められ、経済安全保障は、国家と企業、安全保障の要請と経済合理性を結び付ける枠組みとして位置づけられつつある。実際、政府の政策判断は、地球規模の課題解決や理念の実現から、国家・国民の利益の確保へとシフトしている。この流れは、トランプ政権に固有の現象というよりも、世界の構造変化に根ざした潮流と見るべきであろう。

こうした変化は、コーポレートガバナンスをめぐる議論の前提条件そのものに再考を迫る。象徴的なのは、コーポレートガバナンスにおける国家・政府の位置づけである。

CGコードは、その参考の一つとなった「OECDコーポレートガバナンス原則」と同様に、株主、従業員、取引先、地域社会などを企業のステークホルダーとして挙げるが、国家や政府を明示的に位置づけてはいない。しかし、政府が戦略的な産業政策や経済安全保障政策を通じて経済活動への関与を強める現実を踏まえると、従来のコードは、上記に述べたような世界的潮流を適切に反映しているとは必ずしも思えない。

グローバル化を前提としたパラダイムの下で形成された従来のコーポレートガバナンス論は、時代の変化の中で、一定の再構成を求められているのである。

「経済安全保障」としてのコーポレートガバナンスの論点

日本は、コーポレートガバナンスと経済安全保障の双方において、独自の視点から先進的な議論を積み上げてきた。今後は、その両方をいかに実効的に接続していくかが課題となる。以下では、個別の施策論に立ち入るのではなく、両者の関係を整理するための視点を示したい。

コーポレートガバナンスと経済安全保障の関わりは、伝統的には①コンプライアンス、近年は主として②リスクマネジメント、そして今後はとりわけ③成長戦略という、三つのレイヤーで整理することができる。

コンプライアンスの典型例は、貿易・輸出管理の領域だ。古くは東芝ココム事件に象徴されるように、取締役会による監督や内部統制が機能しなければ、企業の存続そのものが脅かされ得る領域である。このレイヤーでは法令遵守に伴うコスト負担の側面が強調され、経済安全保障は「守りのガバナンス」として認識される。刻一刻と変化する国際政治の中で各国の政策意図を読み解き、ルールの変化を適切に把握できる限りにおいては、対処方法が比較的はっきりしている領域と言える。

しかし、デュアルユース技術の拡大やハイブリッド戦の常態化により、経済安全保障は単なるルール順守の問題にはとどまらなくなっている。ここでは、どの事業、どの技術、どの取引が、いかなる地政学的な文脈において、どのようなリスクと機会を有するのかを、実務のみならず経営の視点で評価することが求められる。取締役会は、内部統制システムを構築する義務を負っており、外部環境の変化に応じてリスクマネジメント態勢を適切に見直し、必要に応じて強化しなければならない。したがって、リスクマネジメントとしての経済安全保障も、当然、コーポレートガバナンスの基本的な関心事項に位置づけられる。

最近では、CGコードで要請される毎年の取締役会の実効性評価において、「地政学的影響を念頭に置いた情報収集・分析体制や渉外機能の強化」や「経済安全保障の動向を意識したリスクマネジメント態勢の強化」といった評価項目を設ける企業もみられる。その際、社外取締役の適切な問題提起が執行側に刺さり、経済安全保障の強化につながった事例もある一方で、社外取締役のリテラシー不足から形式的な確認質問や過度な対応を要求し、事務局の負担だけが増えてしまった例もないわけではない。経済安全保障をリスクマネジメントの観点からどのようにモニタリングするかは、今後のコーポレートガバナンスにとって重要な論点である。

その意味では、経済産業省が本年1月に公表した「経済安全保障経営ガイドライン1.0」は、取り組みを体系化しようとしている企業にとって参考となる点が多い。そもそものタイトルが「対応」ではなく「経営ガイドライン」とされている点、義務付けではないものの、ガイドラインに沿った取り組みが経営判断を支えるとともに、「善管注意義務を果たしていることの裏付け」の一つになり得ると記載されている点の意味合いは大きい。付録にチェックリストが整理されているので、これを全社的リスク管理(ERM)に組み込み、年次レビューの結果を取締役会に報告することで、新たなリスクを適切にモニタリングする仕組みを整えるのも一案だろう。また、当局にとっても、このガイドラインの活用状況や実際上の課題を把握し、その結果を企業にフィードバックする枠組みを構築することが、官民連携促進の観点から重要となる。

以上の2つのレイヤーは、目まぐるしく変化する安全保障に関わる情報提供などの観点で一定の官民連携の促進は欠かせないが、基本的には企業の自主的な取り組みの範囲で対応可能である。しかし最近は、さらに一歩進んで、経済安全保障が国家の成長戦略として位置づけられ、コーポレートガバナンスとの関係を深めつつある。このレイヤーでは国家も重要なステークホルダーであるため、戦略的な官民連携のあり方が中心的論点となる。グローバル化時代の思考様式を前提とした議論だけでは十分とは言えない。

高市政権は、「日本成長戦略本部」を設置し、「経済安全保障、食料安全保障、エネルギー安全保障、健康医療安全保障、国土強靱化対策などの様々なリスクや社会課題に対し、官民が手を携え先手を打って行う戦略的な投資」を推進している。具体的には、17の戦略分野を「危機管理投資・成長投資」の対象に位置づけ、政府の積極財政と長期コミットメントを通じて企業の予見可能性を高めようとしている。これは、コーポレートガバナンス改革が始まった当初には想定されていなかった話であり、グローバル化以後の大国間競争時代における政府および国家安全保障における企業の役割の変化が、企業が経営資源を新たに投下できる成長領域を拡張したことになる。「対米投融資」の枠組みにも同様の意義があると言える。

安倍政権が成長戦略の中核の一つとしてコーポレートガバナンス改革を据えたのに対し、高市政権は経済安全保障を成長戦略として位置付け、コーポレートガバナンスに影響を与えている。前者は株主価値と資本市場を軸とする改革であったのに対し、後者は国家と安全保障を基軸とする施策である。経済合理性は前者と相性が良く、後者とは相容れないと見られがちだが、地政学的環境の変化によって広がる新たな市場領域が企業の成長を促し得る点に、今後は目を向けていく必要がある。

確かに、大国間競争時代への地政学的環境の変化は、基本的には企業の資本コスト(WACC)を押し上げる方向に力が働く。しかし、政府の適切かつ長期的なコミットメントが民間だけでは成立しにくい投資を成立させる機会と認識されれば、事業の下方リスクを吸収する条件になり得る。政府の関与は、経済安全保障の時代に適した形に発展できれば、企業がWACCを上回るリターンを得られる環境を創り出せる。

経済安全保障が、企業が資本市場の圧力を逃れるためのナラティブとして用意されたわけではないことは、言うまでもない。「国の要請」という義務感だけでは市場の評価は得られないことから、あくまで収益性と将来キャッシュ・フローの観点から説明される必要がある。その際に重要なのは、この経済安全保障の時代に適した「地政学プレミアム」の考え方を官民で可視化し、再設計することではないか。これが共有されないと、安全保障の論理は、リスクを過大にも、過小にも評価することに用いられてしまう。思えばコーポレートガバナンス改革は、日本企業にWACCの考え方を埋め込むことが狙いの一つだった。その延長で官民が成長投資のレベルプレイングフィールドを整備していくことが、経済合理性と安全保障の正当性を統合するためには重要であり、この点が官民連携の核になっていく必要がある。

そもそも、会社の使命は何か。利益や株価を上げることなのか、人類規模の社会的価値の創出か、あるいは、国家・国民の豊かへの貢献か。その全部と答えるのは無邪気と言うべきだが、その一つに固執するのもまた知的に傲慢と思われる。「会社は誰(何)のために存在するか」という問いへの答えは、時代環境に応じて、常にその重心が揺らぐ余地を残している。これら三つの関係もまた、不変のものではないだろう。

今後しばらく続くと考えられる新しい地政学的環境において、日本はコーポレートガバナンスと経済安全保障を架橋する新たなモデルを提示し得る立場にある。

 

注:筆者は日本の上場企業における取締役会の機能向上や経営体制の強化に関わるコンサルティングを行っている。本稿の内容は、筆者の個人的見解であり、所属組織の公式見解を示すものではない。

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