ポイント
- ベネズエラでのマドゥロ拘束作戦は、トランプ大統領が平和志向を強調しつつも、「低リスク・低コスト」な条件下では躊躇なく軍事行動を決断することを証明した。
- 日本は、米軍の中南米関与の長期化を警戒すべきである。米国のリソースが浪費され、インド太平洋における対中抑止への集中が損なわれないかを見極める必要がある。
- 米国自身に加え、同盟国が紛争初期段階での損耗を抑える能力を高めることが、米国の被るリスクを下げ、インド太平洋への介入意思を維持する条件となる。日本は自らの意思と能力を具体的に示すべき局面にある。
2026年1月3日、米国はベネズエラの首都カラカス近郊において、特殊作戦部隊を中心とする軍事行動を実施し、ニコラス・マドゥロ大統領夫妻を拘束した。マドゥロはその後、米軍の管理下で米国本土に移送され、麻薬取引およびテロ関連犯罪に関する連邦起訴に基づき、米国内で刑事手続に付されている。
本件をめぐっては、国際法上の正当性を含む規範的評価が重要な論点となっていることは言うまでもない。他方で、日本の安全保障政策の観点からは、法的評価と並行して、米国がどのような様式で軍事力を行使したのか、また今後、インド太平洋以外の地域に対してどこまで物理的な関与を継続する意思と能力を持つのか、といった側面にも目を向ける必要がある。
作戦の性格と米国の軍事行動様式
主要メディアの報道を総合すれば、今回の作戦では、米陸軍特殊部隊に加え、航空輸送、空中給油、情報・監視・偵察(ISR)、電子戦などの支援能力を含む航空装備(アセット)が統合的に運用され、短期間に集中的な戦力が投入されたとみられている。また、イラク戦争のように占領を目的とするものではなく、特定の指導者を拘束・移送するという目標に厳格に絞られていた点も特徴である。
人的損失の面でも、本作戦は極めて限定的であった。米側の人的損失は確認されておらず、ベネズエラ側では死傷者が発生したものの、治安部隊関係者に加え民間人が含まれている可能性が指摘されつつも、具体的な人数について信頼に足る独立した確認はなされていない。いずれにせよ、都市部で国家元首を拘束するという高リスクの作戦であったことを踏まえれば、被害は同種の軍事行動と比較して限定的であったとの評価で、主要メディアの見方は概ね一致している。また、拘束に至る直接行動の段階は4〜5時間程度で完了したとされており、作戦全体は極めて迅速に遂行された。
「不介入」と「電撃戦」を分かつリスク計算
ロシア=ウクライナ間の停戦実現や、中東を含む複数の地域における停戦仲介を喧伝してきたトランプ大統領は、しばしば「平和を好み、戦争を避ける指導者」として語られることがある。しかし、今回のベネズエラ作戦が示したのは、米国側が被る軍事的リスクが極めて限定され、長期にわたる政治的・財政的コストを伴わないと判断される場合には、「電撃戦」とも呼ぶべき躊躇なき軍事行動を決断するということである。
この点を理解するにあたり、2025年12月6日にヘグセス戦争長官がレーガン・ナショナル・ディフェンス・フォーラムで行った演説は示唆的である。同演説は、今後公表される国家防衛戦略(National Defense Strategy)の骨子を示すものと受け止められており、その中でヘグセス長官は、第二期トランプ政権の軍事行動基準として、いわゆる「ワインバーガー・ドクトリン」に言及していた。
「ワインバーガー・ドクトリン」とは、ベトナム戦争の反省を踏まえ、レーガン政権期の国防長官キャスパー・ワインバーガーが提示した、米軍を戦闘に投入する際の原則のことである。その要点は、(米軍部隊は)(1)米国または同盟国の死活的に重要な国益が関わる場合にのみ投入されるべきであること、(2)勝利という明確な意図を持って全力で投入されるべきであること、(3)明確に定義された政治・軍事目標と、その達成能力がある場合にのみ投入されるべきであること、(4)最後の手段としてのみ検討されるべきであること、などの点に集約される。
客観的に見て、今回の対ベネズエラ作戦が第1や第4の原則に該当するかどうかは議論の余地がある(少なくともトランプ政権側は主観的にはそう主張しうる)ものの、第2と第3の原則は極めて忠実に適用されている。振り返ってみれば、同様の行動様式は、2025年3月から5月にかけて実施されたイエメンのフーシ派に対する攻撃や、同年6月22日に行われたイランの核関連施設に対する攻撃にも共通して見られる。すなわち、敵に組織的な抵抗や外部勢力による支援の余地を与えず、迅速かつ限定的な軍事行動によって目的を達成しようとするものであった。
ベネズエラ介入は中露の暴走を助長するのか、それとも抑止するのか?
このような作戦様式は、米国の戦略コミュニティではしばしば「Short, Sharp War(短期間の激しい戦争)」と呼ばれてきた。もっとも、この用語が用いられる文脈は、米軍自身の伝統的な作戦様式を説明する場合というよりも、中国やロシアが理想形としてきた戦争像――短期間で決着し、既成事実を一挙に形成することを狙った限定的・高密度の軍事行動、すなわち彼らにとっての「電撃戦」――を指す場合が多かった。
とりわけ、敵の指導部を直接狙う「斬首作戦」を含むこのアプローチは、ロシアのプーチン大統領がウクライナ侵攻初期に試み、結果的に失敗したものであり、また中国の習近平指導部が台湾有事において構想しているとされる作戦像とも重なる。米国は、彼らが望みながら実現できなかった(あるいは未だ多くの難題を抱えている)作戦を、限定的条件下ではありながらも、成功裡に実行してみせたということになる。
ベネズエラとロシア、中国では防衛態勢や戦略環境は大きく異なる。したがって、今回の件をもって、プーチンや習近平らが「自分も同じ目に遭うかもしれない」という切迫感を抱くとは考えにくい。しかし、彼らが構想し、実行しきれなかった(着手できていない)作戦を、米国が完璧に成功させたという事実そのものは、ロシアや中国の指導部に少なからぬ衝撃を与えたに違いない。
他方で、米国による国際法上疑義のある行動が、ロシアや中国による力を用いた現状変更を助長するのではないかと懸念する向きもある。しかし、本件が中露両国の行動原理に与える直接的な影響は限定的であろう。国際法的正当性はナラティブ(対外的な説明の論理)として重要ではあるが、ロシアや中国の行動を決定づけてきた主要因ではないからである。
事実、国際規範や法的正当性に基づく訴えは、ロシアのウクライナ侵攻を抑止することができなかった。同様に、中国が今日まで台湾への侵攻に踏み切っていない理由は、彼らが国際法秩序を尊重しているからではない。そもそも、中国は台湾を一貫して「中国の一部」と位置付けており、その行動を国際法秩序の枠内で正当化すること自体を前提としていない。中露両国の意思決定を左右しているのは、国際的ナラティブの一貫性ではなく、「実行可能か否か」という彼ら自身の能力と、それに対抗しようとする我々の意思と能力なのである。
こうした点に鑑みると、米国の対ベネズエラ作戦を受けての日本政府の声明は、国際法の原則を尊重する立場を明確にしつつ、ベネズエラにおける民主主義の早期回復と情勢の安定化を重視すると同時に、日米同盟の安定を損なわないよう対米関係にも慎重に配慮した、バランスのとれたものだったと言えるだろう。
日米の安全保障政策に与える示唆
以上を踏まえると、今後の日米の安全保障政策への影響を考える上で、少なくとも2つの点が重要な考慮事項となる。
第1に、米国のベネズエラを含む中南米への関与が、イラク戦争のように大規模な米軍駐留や長期的な安定化任務を伴う形へと拡大しないことである。イラク戦争をめぐる評価は現在でも分かれているが、今日の日本の国益を考える上では、介入の法的・政治的正当性をいかに担保するかという点以上に、長期にわたり米国の軍事的・政治的リソースを消耗させ、その間に中国の軍事的台頭を見過ごす結果となったことの方が、はるかに深刻な問題であった。米国の対中シフトの遅れは、現在のインド太平洋の戦略環境を一層厳しいものにする結果を招いた以上、同様の過ちを再び許してはならない。
第2期トランプ政権の国家安全保障戦略が示す、いわゆる「トランプ版モンロー主義」は、西半球(南北アメリカ大陸周辺)を米国の死活的利益が直接及ぶ勢力圏と位置付け、域外大国による影響力行使を排除することを目標に掲げている。他方で、トランプ大統領は、イラク戦争を繰り返し批判してきたように、米軍の大規模駐留や国家建設(ネーション・ビルディング)を伴う長期的統治には一貫して否定的な立場を取ってきた。ベネズエラ情勢をめぐっても、暫定的な統治の可能性を示唆する発言はあるものの、現時点で恒常的な軍事占領や大規模駐留を明確に指示しているわけではない。日本にとって重要なのは、米国の中南米関与がこの枠組みを逸脱し、再び「泥沼の長期駐留」へと変質しないよう注視することである。
第2に、Short, Sharp War型”ではない”軍事行動において、トランプ大統領や将来の米国の政治指導者が作戦許可を躊躇する可能性への対応である。現政権において、米国側が被る軍事的リスクが極めて限定され、短期間で政治的成果が得られると見込まれる場合には、軍事行動は受け入れ可能な政策オプションとして浮上する。その一方で、初期段階から大きな人的・物的損耗や作戦の長期化が予見される場合には、米国の意思決定は極めて慎重になる可能性がある。
このリスクに対処するためには、日米の戦力態勢そのものを、初期段階における人的損耗や高価値アセットの喪失を可能な限り低減しつつ、同時に敵の行動を実際に阻止できる「拒否的抑止力(敵に目的を達成させない力)」を維持・強化する方向へと変革していく必要がある。その出発点となるのが、一部の有人アセットを多数の無人アセットへと段階的に置き換えていくことであり、これに分散運用と基地防護の強化、指揮統制の冗長化といった取り組みを組み合わせていくことが、その中核を成す。重要なのは、こちらの損耗を回避すること自体を目的化するのではなく、人員と高価値アセットを温存しつつ、初動における抑止の信頼性を確保し、敵に既成事実の形成を許さない戦力態勢を構築することである。
もっとも、こうした戦力態勢の変革には、少なくとも5年から10年の時間を要するだろう。この移行期間に不可避となるのは、日本を含む同盟国が、より多くの負担と役割を主体的に引き受けることによって、米国が初期段階で感じる軍事的・政治的リスクを引き下げていくことである。米国の関与を単なる「要請」や「期待」によって確保することはもはや現実的ではなく、日本が具体的な意思と能力を示すことによって、米国にとって介入が合理的なオプションであり続ける環境を整える必要がある。
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