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経済安全保障の時代における黄金株の評価
-日本製鉄のUSスチール買収とアメリカの対内直接投資規制-

ポイント

  1. トランプ大統領が、USスチールの買収を承認した判断には、日本製鉄による黄金株発行の提案が大きく寄与したと考えられる。
  2. 黄金株は、国営事業や公益事業の民営化にあたり政府の影響力を残すために考案された制度であるが、欧州司法裁判所は多くの事案でこれを違法と判示してきた。日本においては、一般株主の利益保護の見地より、新規公開時でなければ黄金株の発行が困難となっている。
  3. 対内直接投資規制において、黄金株の発行による安全保障上のリスクの軽減は、慎重な検討を要する問題である。

日本製鉄によるUSスチールの買収計画と黄金株

2023年12月に発表された日本製鉄株式会社(日本製鉄)によるUnited Steel Corporation(USスチール)の買収は、アメリカの外国投資リスク審査現代化法(Foreign Investment Risk Review Modernization Act of 2019, 50 U.S.C. 4565)の審査対象となる取引であった。

この買収計画に対しては、2025年1月に当時のジョー・バイデン大統領が安全保障上のリスクを理由に中止命令を出した。しかし、2025年4月になると、ドナルド・トランプ大統領が新たな審査を命じる覚書を出し、2025年6月に買収計画は承認された。鉄鋼業は安全保障との関わりが深い産業であるが、2007年にはロシアの鉄鋼大手Evrazグループがオレゴン州にある電炉メーカーを買収した例がある。これまで、同盟国による買収計画が中止命令を受けたことはなく、いったん中止となった買収計画が後に承認された例もないことから、日本製鉄のケースは極めて異例な経過をたどるものであった。

USスチールが、連邦証券取引委員会に提出した臨時報告書(Form 8-K)によると、安全保障上のリスクの軽減措置のひとつとして、アメリカ政府にクラスG優先株式1株を発行することになっている。これが黄金株であり、アメリカ政府がUSスチールの独立取締役1名の選任権を持つことに加え、設備投資の削減や生産・雇用の国外移転といった経営上の一定事項に関しては、大統領またはその指名する者の承認を要することになる。日本製鉄の橋本英二会長は、買収完了時の記者会見において、黄金株が日本製鉄の側からの提案であったことを明らかにした。

トランプ大統領は、2024年の大統領選挙中から買収計画に反対を表明し、承認の直前においてもパートナーシップは支持するが買収は認めないとの立場であった。一方、日本製鉄にとっては、高度な技術を投入するために買収は譲れない線であったと考えられる。そこで、トランプ大統領の面目を保ちつつ買収計画の承認を得るためには、黄金株の発行が唯一の方法であったことになる。トランプ大統領の承認を受けて、日本製鉄がUSスチールと共同で出したプレスリリースの題名に買収の語はなく、「日本製鉄とUSスチールのパートナーシップ成立のお知らせ」となっていた。

黄金株をめぐる状況

黄金株とは、一般に、特定の株主に対して特別な権利を与え、私企業の支配を可能とする株式のことをいう。黄金株を保有する者には、株式の保有比率とは無関係に、企業の経営上の一定事項について拒否権の行使が認められる。

黄金株は、1980年代の規制緩和の潮流の中で、国営企業や公益事業の民営化後における公益の保護の見地から主に防衛産業やインフラ産業を対象にイギリスで考案され、近隣諸国にも広まっていった。しかし、欧州の法の番人とも呼ばれる欧州委員会は、黄金株が欧州共同体条約に違反するとして、イギリス、オランダ、スペイン、ドイツ、フランス、等の各国を欧州司法裁判所に提訴した。欧州司法裁判所は、一部のケースを除き、黄金株は株主の平等を害し、資本の自由移動を保障した欧州共同体条約に違反するとの判断を示してきている。

現在、日本における黄金株(会社法108条1項8号、拒否権付種類株式)としては、経済産業大臣が保有する株式会社INPEXの甲種類株式が唯一の例である。同社の定款は、経営上の一定の重要事項の決定に関しては、株主総会または取締役会の決議に加え、甲種類株主総会の決議を要すると定めている。具体的には、告示(令和4年経済産業省告示第54号)によって、①取締役の選解任・統合、②重要な資産の全部・一部の処分等、③目的の変更に関する定款変更、資本金の額の減少・解散、④普通株式以外の株式への議決権の付与に関する定款変更に係る決議が対象となるが、経済産業大臣が実際に拒否権を行使した例はない。

2025年7月に、日本政府が半導体メーカーのRapidus株式会社(Rapidus)に出資する要件として、黄金株の発行を求める方針との報道があった。東京証券取引所の種類株式の上場制度整備実務者懇談会は、2008年に「議決権種類株式の上場制度に関する報告書」を公表し、上場後に黄金株を導入する場合には既に投資している一般株主の権利利益が不当な制限を受けることから、「原則として、市場における投資者すべてが同意して株式を取得する新規公開時のみ認める方向で検討することが適当」であるとした。Rapidusは上場前であるため、黄金株を発行しても一般株主の保護が問題になることはない。しかし、既に上場を果たしている企業の場合には、株主の権利の不当な制限として上場廃止基準との関係が問われることになる。

アメリカにおける経済安全保障と黄金株

アメリカの対内直接投資規制において、大統領は審査権限を対米外国投資委員会(Committee on Foreign Investment in the United States, CFIUS)に委任している。CFIUSの審査において、外国投資家の投資計画に安全保障上のリスクが認められた場合、リスクの軽減を目的とする安全保障協定(Mitigation Agreement, National Security Agreement)の締結が、承認に向けての重要な要素となる。

2025年8月に、CFIUSが議会に提出した報告書(CFIUS Annual Report to Congress -Report Period: CY 2024)では、安全保障協定に盛り込まれたリスク軽減措置として、情報・技術の保護目的からの知的財産・営業秘密等の共有の禁止やコンピュータ・ネットワークの分離、施設管理の目的からのデータ保管場所の事前承認、外国の影響を制限する目的からの雇用制限・事前承認、等をリストアップしているが、黄金株の発行は含まれていない。

黄金株による安全保障上のリスクの軽減は、日本製鉄の提案がおそらく初めてのことである。黄金株の効果については、親会社である日本製鉄には影響がないことを理由に、USスチールの経営にアメリカ政府の統制が及ぶという印象を与えるのみに留まるとする見解がある。しかし、アメリカの経済学者を対象に実施されたアンケートの中には、アメリカ政府がUSスチールの経営に積極的な介入をするのであれば、経営上の効率が損なわれる可能性が高いとの回答もみられる。

第2次トランプ政権が発足した直後の2025年2月21日に出された「アメリカ第一主義による投資政策についての覚書」(Memorandum on America First Investment Policy)は、1条で経済安全保障とは安全保障であると規定し、対内直接投資規制と対外直接投資規制を経済安全保障の手段に位置付けた。この方針によって、アメリカ企業の買収に伴う安全保障上のリスクを解消するため、外国投資家に黄金株の発行を求める措置が定着するのかどうかは、なお未知数といって良いであろう。

アメリカにおける経済安全保障と黄金株の役割

アメリカにおいて、安全保障とは何かが定義されたことはなく、その概念は国防に関わる技術の保護から国土安全保障の一環としての重要インフラの保護、さらにはデータ保護の領域も含むようになってきた。安全保障は、政治や政策と密接に関連しているほか、国益の追求との区別が難しい問題でもある。黄金株は、安全保障上の重要性が認められる企業に対する統制として非常に有益であるが、保護主義の観点から行使されるリスクを内在するものである。

CFIUSは、日本製鉄の買収計画がもたらす安全保障上のリスクとして、鉄鋼の国内生産能力の確保が必要であること、そして日本製鉄がWTO協定の認める貿易救済措置を積極的に活用してこなかったことを挙げていた。しかし、日本製鉄は当初から国内生産能力の維持に協力的であり、また貿易救済措置の問題はアメリカの対内直接投資規制法の考慮要素と直接の関わりを持つものではない。そこで、CFIUSの審査の段階で買収計画が承認されなかったことには疑問があり、労働組合を支持基盤とするバイデン大統領の意向や政治情勢を優先したものとみる余地がある。

対内直接投資規制は、あくまで法律問題であり、CFIUSの審査および大統領の判断が恣意的に行われることがあってはならない。アメリカはOECDの加盟国であり、OECD資本移動自由化コードに従った国内法の適用が求められている。黄金株の発行が、安全保障上のリスクのない買収計画について提案されることがあれば、外国投資家にとって経営上の不安要因となり、結果として資本移動の自由の障壁となる可能性がある。

対内直接投資には、優れた技術の導入、競争の推進による経済の効率化、経営の合理化・近代化、貿易拡大といった多くのメリットがある。企業活動の自由もふまえつつ、安全保障法制および安全保障上のリスクの権限措置については、法の支配を尊重しつつ慎重な検討をすることが求められている。

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