ポイント
- 米台通商交渉は妥結に近づいているが、半導体産業協力を巡る調整が難航か。
- 対米投資が進んでも、先端半導体製造拠点としての台湾の地位は容易には揺るがず。
- ただし、4月の米中首脳会談が台湾を取り巻く経済安保環境に与える影響は要注視。
米台通商交渉の遅れ
第2次トランプ政権の発足以降、国際政治・経済の先行き不透明感が増している。「米国第一主義」の名の下にトランプ政権が打ち出してきた政策が、既存の国際ルールとの間で軋みを引き起こしているからである。
その典型例が、相互関税など追加関税による米国産業の保護と、それを交渉材料とした経済的利益の獲得である。日本を含め、多くの国・地域が米国と厳しい通商交渉を行い、不確実性とマイナス影響の極小化を図ってきた。それは台湾も同じである。
2025年4月の相互関税発表以降、台湾は米国側と通商交渉を重ねてきた。2025年9月11日、ラトニック商務長官が米国のニュース専門放送局CNBCで「台湾とはビッグディールが控えている(We’ve got a big deal coming with Taiwan)」と発言したことで、一時は米台の通商合意は近いとの観測が高まった。また、2025年12月26日には対米交渉を担っている行政院経貿談判弁公室が「すでに概ねコンセンサスは得られている」、「2026年1月中に具体的な成果を得られるよう目指す」とも説明している。だが、2026年1月9日現在、まだ交渉妥結には至っていない。
台湾が求めているものは何か?
台湾側が勝ち取ろうとしている条件は次の通りである。
第1に、対台湾相互関税の引き下げである。現在台湾に適用されている関税率は、相互関税20%に元々の最恵国待遇(MFN)関税を加えた税率である。頼清徳(ライチントー)政権は少なくとも日本並みの条件を手に入れることを目指しているようである。日本には、MFN関税率が15%以下の場合には、15%の相互関税率のみが適用され、MFN関税率が15%超の場合には、MFN関税率のみが引き続き適用されている。台湾の産業界のなかで、相互関税の早期引き下げを特に強く求めているのが、日本と競合関係にある工作機械メーカーである。米国で課される関税は、日本製の工作機械の場合は15%だが、台湾製の場合は現状24%と高いからである。また、韓国、EU(欧州連合)も日本と同様の待遇を米国から受けており、その結果、台湾産の胡蝶蘭や紡織品が米国市場で不利な状態に置かれていると伝えられている。
第2に、1962年通商拡大法232条に基づく追加関税でも、他国に引けを取らない待遇を得たいと頼政権は考えている。232条関税とは、国家安全保障上の理由から課されるものであり、すでに発動されているものには自動車・同部品がある。その税率は原則25%であるが、これに従来のMFN関税率が上乗せされている。しかし、日本や韓国、EUは交渉の結果、15%の関税率が課されるだけで済むようになった。一方、交渉中の台湾製の自動車には27%、自動車部品には26.25%の高関税が課されている。
加えて、台湾の輸出を支えている半導体・同派生品(半導体の組み込まれたIT端末等)についても、トランプ政権は232条に基づく追加関税を検討しているため、頼政権は低税率、かつ、他国に引けを取らない水準に追加関税を抑えたいと考えている。
半導体サプライチェーンの移植を渇望するトランプ政権
一方、トランプ政権が求めているものは多い。農産物・自動車など台湾市場の開放、貿易の円滑化、経済安全保障面での対米協調、米国産天然ガスの開発面での協力と調達拡大、サプライチェーン協力などが交渉のテーブルに上っていると伝えられている。なかでも、トランプ政権が渇望しているのは、台湾半導体産業による対米投資、半導体サプライチェーンの移植である。
台湾半導体産業による対米投資を強く求めていたのは前バイデン政権も同じだが、同政権は基本的に補助金を使って誘致するという姿勢で接していた。しかし、トランプ大統領は異なる。選挙期間中には「台湾は半導体ビジネスをほぼ100%米国から奪っていった、台湾は防衛費を払うべきだ」と述べ、安全保障と半導体をリンクさせて交渉する姿勢を示していた。米台交渉が始まっては、対米投資をしない企業に対する半導体関税の引き上げの可能性もちらつかせながら、台湾に対米半導体投資の拡大を要請している。
ラトニック商務長官は「台湾には『米国で50%を生産することが不可欠だと理解してもらう必要がある』と伝えた」とインタビューで明言している。すなわち、米国内での半導体消費の40~50%を自国で賄えるようにし、安全保障上のリスクを低減させるという目標を掲げており、かつ、その実現には半導体サプライチェーン全体を米国内に備える必要があると考えている。そして、台湾に対しては、米国で武器に搭載する半導体を作れなければ、台湾で万一の事態が起きても、米国は台湾を守れなくなってしまうと主張している。
当の台湾半導体関連企業は、顧客である米国企業からの要請も受け、少なからぬ企業が対米投資を計画、実行に移している。その筆頭はTSMCであり、総額1,650億ドルの対米投資計画を発表している。すでにアリゾナ州の4ナノ工場での量産が始まっているほか、今年中には3ナノ工場での量産も始める見込みである。投資計画が完了した暁には、TSMCの先進半導体の30%が米国で生産されると報じられている。頼政権も、半導体産業の発展を支えた「台湾モデル」の対米移植について、前向きな姿勢を示している。
ただし、台湾行政院(内閣に相当)は、米台で半導体生産を半々にするといった話は米国側の構想に過ぎず、また、そうした約束を台湾側は一切しておらず、同意するつもりもないと明言している。これらの状況から推察するに、半導体分野での米台協力、加えて、トランプ政権が調査中の半導体・同派生品関税をめぐる最終調整が米台交渉未成立の一因となっているかもしれない。
米台交渉の行方と日本への影響 ~先端半導体生産拠点としての台湾の不可欠性は維持~
米台通商交渉の行方は、日本企業にとっても他人事ではない。
一つには、交渉結果によって、日本企業にとっての米国市場における台湾企業との競争条件、および台湾市場における米国企業との競争条件が変わるからである。しかし、影響はそれにとどまらない。
日本にとって台湾は第4位の貿易相手であり、集積回路(IC)の58.8%の輸入先である(2024年)。また、台湾周辺海域は日本にとって極めて重要なシーレーンでもある。それゆえ、経済安全保障の観点からも、米台通商交渉の行方を注視する必要がある。
交渉の結果、台湾半導体産業の対米投資が加速し、台湾で空洞化が進む、あるいは台湾が経済的・政治的に脆弱になるのではないかとの懸念も聞かれるが、それが現実化する可能性は中期的にみて低いだろう。半導体生産の一部が米国に移管されたとしても、以下の理由から、台湾での半導体生産の拡大は続くと考えられるからである。
第1に、現在AIバブルを懸念する声もあるが、中長期的にみれば、世界の半導体市場はAIの普及・発展等に支えられて拡大していく可能性が高い。半導体関連業界団体のSEMIジャパンによると、2025~2030年の間に半導体の売上高は7,000億ドルから1兆ドル強へと年平均8%の成長を遂げると予測されている。なかでもTSMCが強い競争力を持つAI関連の半導体売上高は、同期間に年平均16%で成長するとされている。
第2に、最先端の半導体製造という点で、人材やサプライヤーの集積などの面で課題を抱える米国が台湾を代替する存在になるには、長い時間がかかると推察される。TSMCはすでに高雄で2ナノ半導体の量産を2025年第4四半期に開始しており、今後、高雄や新竹で2ナノの生産能力を一段と強化していく方針を示している。また、TSMCのロードマップでは、2026年に次世代の「A16」半導体(1.6ナノ世代)、2028年に「A14」半導体(1.4ナノ世代)を量産することにもなっている。その点からみても、台湾海峡の平和と安定は引き続き日本の経済安全保障にとって重要な意味をもつと考えられる。
米中首脳会談が台湾に与える直接的・間接的影響は要注視
よりいっそう注視すべきは、2026年4月に予定されている米中首脳会談が台湾を通じて日本に与える影響であろう。
トランプ大統領は中国とのディールを模索しており、米中対立が緩むとの観測も出ている。確かにそれを予期させる動きもみられる。例えば、2025年12月にトランプ政権はエヌビディアのAI半導体「H200」の対中輸出を認め、中国も条件つきながらその輸入を認可する見通しだと報じられている。
米中対立の緩和が台湾に与える影響は複雑である。TSMCをはじめ、台湾には受託生産を生業とするIT関連企業が多く、なかでも米国は重要な顧客である。例えば、TSMCの売上高の71%は北米由来である(2025年第3四半期)。米中間の緊張が緩み、米国の対中輸出規制が緩和された場合、顧客である米国企業の対中ビジネス活性化に伴って、台湾企業、さらには日系の関連サプライヤーも裨益することになるだろう。
一方、米国が経済的利益と引き換えに、台湾の安全保障上の利益を損なうディールを中国と結ぶのではないかとの懸念も出ている。その場合、台湾で「疑米論」が広がり、台湾社会がヘッジのために政治的・経済的に対中関係の改善・強化に大きく舵を切るのではないかとの声も聞かれる。だが、その可能性は相対的に低いと現時点では考えられる。
なぜなら、2025年11月の「国家安全保障戦略」でトランプ政権は、半導体生産拠点、軍事安全保障上の要衝、シーレーンとしての台湾の戦略的価値を認め、台湾海峡の現状の一方的変更を支持しないとの姿勢を維持しているからである。また、「第一義的には(ideally)軍事的優位性の維持によって、台湾をめぐる紛争を抑止することが優先事項である」とも書いている。加えて、米国は機微技術分野における対中警戒感を解いているわけでもない。
台湾世論も現状維持支持が約9割であり、かつ、中国と「できる限り早く統一」、「現状維持のちに統一」を合算しても回答率は7.2%にとどまっている(2025年)。中台経済関係が補完的なものから競合的なものに変化しつつあるなか、台湾経済界も、以前と比べて技術流出に対する警戒度を高めている。
ただし、トランプ大統領は上述のとおり経済的利益と安全保障を天秤にかけることをいとわない面も持つ。また「国家安全保障戦略」では「第一義的には(ideally)」との言葉が付されており、他の手段で抑止できるのであれば、軍事的優位性の構築を幾分弱める可能性があるようにも読めなくはない。
逆に、米中関係が再び緊張の度を高めることがあれば、米台通商交渉の議題に経済安全保障面での協力が含まれているだけに、米国と歩調を合わせる形で台湾の対中経済交流規制が一段と強まる可能性がある。
このように米中首脳会談は米台通商交渉と相まって、台湾を取り巻く経済安全保障環境を規定する力を持ちうる。それだけに、日本企業としても双方の交渉の行方を注意深くウォッチしていく必要があろう。
*本稿の内容は筆者の個人的見解であり、所属組織を含め、いかなる組織の見解を表すものではありません。
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