ポイント
- 米国と台湾は2026年1月15日、通商交渉において合意に達した。懸念された米中首脳会談に伴う米台合意の先送りは回避され、台湾は「1月中の具体的成果」という目標を達成した。
- 米国は巨額の対米投資を通じた「半導体自給率」の向上を、台湾は日韓と同等の関税優遇確保と戦略的協力の深化を成果とする形で、双方の利害が一致した。
- 台湾側が合意した対米投資規模を論拠に、産業空洞化を懸念する声も出ているが、技術の優位性から見れば、先端半導体の開発・製造拠点としての台湾の地位が中期的にみて大きく低下する可能性は低い。
米台通商交渉の妥結:先送り懸念を払拭した政治決断
2026年1月15日(米国時間)、米国と台湾は通商交渉において合意に達した。台湾は合意成立の時期こそ日本(2025年7月)や韓国(同年10月)に先行を許したものの、交渉を担ってきた台湾行政院経貿談判弁公室は2025年末に明らかにしていた「1月中の具体的成果」という目標を達成したことになる。
交渉過程では、一時、2026年4月に予定されている米中首脳会談の終了後まで米台合意が先送りされるとの観測も広がっていたが、今回の妥結によってその懸念は一旦払拭されたといえよう。
米国が狙う「半導体自給率」向上への布石
では、今回の合意は米国、台湾にとってどのような意味を持つのか。両当局者の発言を手掛かりに、その含意を整理してみたい。
まず米国側は、今回の合意によって米国が半導体製造の主導的地位を回復しうると高く評価している。その根拠は、台湾から引き出した主に次の3点の合意にある。第1に、TSMCの1,000億ドルの既存計画を含む、台湾の半導体およびハイテク関連企業による2,500億ドル規模の対米投資。第2に、これら対米投資を後押しするために台湾当局が供与する2,500億ドルの信用保証。第3に、米国内での産業クラスター形成を目的とした米台共同での工業団地設立である(図表1)。
ラトニック商務長官はかねてより、米国の半導体自給率を4割に引き上げ、安全保障上の脆弱性を低減する目標を掲げてきた。同氏は今回の合意を、この戦略目標達成に向けた「重要な一歩」として位置づけ、その意義を強調している。
台湾が手にした競争条件の改善と戦略的連携
一方、台湾側も今回の合意によって4つの戦略的成果を得たと説明している。
第1は、相互関税の引き下げによる競争条件の是正である。現状、台湾には最恵国待遇(MFN)関税に加え、20%の相互関税が課されているが、合意により相互関税は15%へと引き下げられる。さらに、MFN関税率が15%以下の品目についてはMFN関税が免除され、15%を超える品目についてはMFN関税のみが適用されることとなった。これにより、台湾は日本・韓国と同等の関税待遇を獲得した。日韓と異なり、これまで台湾は米国とFTA(自由貿易協定)を締結していなかっただけに、頼政権は今回の「日韓なみ」の待遇確保を大きな経済的成果と位置付けている。また同政権は、米国が日本・韓国という「同盟国」と同等の待遇を台湾に与えたことの政治的意味合いも大きいと訴えている。
第2に、「1962年通商拡大法232条」に基づく追加関税(安保上の理由による輸入制限)をめぐっても、台湾は他国に引けを取らない優遇措置を引き出した。特に対米投資を行う台湾の半導体企業には、工場建設中は計画生産能力の2.5倍、操業開始後は実際の生産能力の1.5倍を上限として同追加関税の免税枠が設定される。その枠を超える部分についても、それらの台湾企業が製造した半導体には、最も優遇された同追加関税が適用されることとなった。さらに、米国内での工場建設や操業に必要となる原材料、機械設備、部品については、232条追加関税、相互関税ともに免除されるとの確約を得た。半導体分野でここまで踏み込んだ条件を得たのは台湾が初めてである。
第3に、米国と共同で「台湾モデル」の工業団地を米国内に作ることで合意した点だ。米国側が土地・水・電力・インフラ・税制面での便宜を台湾企業に供与することで、台湾企業が米国のサプライチェーンに参画する障壁が低減することが期待されている。
第4に、ハイテク分野での相互投資促進と、グローバルなAIサプライチェーンにおける戦略的パートナーシップの確立である。台湾側は、双方向の投資メカニズムを米台共同で創設し、金融支援も組み合わせることで、米台間の産業的補完性を生かしつつ、世界市場の開拓を図っていくと強調している。とりわけ、安全保障上重要な「半導体、AI、防衛技術、情報セキュリティー・モニタリング、次世代通信、バイオ」分野での協力深化について、頼政権は高く評価している。
なお、これらの成果のうち投資分野については、今回、投資協力覚書(MOU)への署名がなされた。また、広く関税、非関税障壁、貿易円滑化、経済安全保障、労働者保護、環境保護、政府調達の拡大を網羅する「米台貿易協定」については、現在、法的審査の段階にある。台湾側は、今後数週間以内に米国と同協定に署名し、その後、立法院(国会に相当)での審議に回す予定であると説明している。
「シリコンシールド」は堅持されるか
今回の米台合意を巡り、台湾では「シリコンシールド(半導体による抑止力)」の弱体化を懸念する声が出ている。工場の米国移転により米国の半導体自給率が高まることで、米国の台湾防衛意欲が弱まるのではないかという問いだ。その一因は、ラトニック商務長官が台湾の半導体サプライチェーン・生産の4割を任期中、すなわち2029年1月までに米国に移すと述べたことにある。
また、比較の当否に議論はあるが、台湾側が合意した対米投資額と信用保証枠は計5,000億ドル、対GDP比で62.6%に達し、日本の12.9%、韓国の19.4%と比較して突出しているとの批判が出ている。しかも、米国の誘致産業が日韓のように分散しておらず、台湾に対しては半導体産業に集中しているため、台湾半導体産業の空洞化を懸念せずにはいられないとの声も聞かれる。
しかし、先端半導体の製造拠点としての台湾の地位が大幅に低下する可能性は低い。第1に、TSMCのアリゾナ工場の進捗を見れば、数年内に4割の生産能力を米国に移すことは物理的に難しいと考えられるからだ。TSMCのアリゾナ第1工場(4ナノ)は2024年末に量産済み、第2工場(3ナノ)は2027年下半期量産予定となっているが、第3工場は着工したばかり、第4工場もまだ建設許可の申請中である。TSMCはアリゾナ工場の建設加速を示唆しているが、台湾でも先端半導体の工場建設が進められている。
第2に、米国の賃金や電力価格は台湾と比べて高い。顧客である米国のIT関連企業としても、割高な米国産半導体の調達を大幅に増やすのは避けたいところだろう。また、米国は半導体製造に関わる人材やサプライヤーの集積などの面で課題を抱えていることからも、最先端の半導体は引き続き台湾で開発、製造されるだろう。実際、TSMCの黃仁昭CFOも、米国での投資拡大は顧客の需要に基づいて決める一方、最先端プロセスは台湾に残ると述べている。
龔明鑫経済部長も、2030年時点でも5ナノ以下の先端半導体の85%は台湾で生産されるとの見通しを発表し、空洞化懸念は杞憂だとのメッセージを出した。実際にこの予測通りの比率になるかは不明ながら、日本からみた台湾の経済安全保障上の重要性が短期間に大きく低下するとは考えにくい。
残存する先行き不透明感
ただし、今回の合意を経ても米台経済関係の先行き不透明感は残る。
第1に、ラトニック商務長官は、任期中に台湾が2,500億ドルの対米投資目標を達成できなかった場合に台湾産半導体に100%の関税を課す可能性を示唆しており、台湾企業への圧力は続く。
第2に、半導体・同派生品に対する232条追加関税の全体像がまだ明らかにされていない。その態様によっても台湾の半導体産業が受ける影響は変わりうる。
第3に、頼政権は少数与党政権であり、すみやかに米台貿易協定が立法院で承認されるか否かも注視が必要である。貿易協定の具体的内容はまだ明らかになっていないが、米国産の畜産品や遺伝子組み換え作物の輸入拡大が農民や食の安全に与える影響、自動車市場の開放が雇用・所得に与える影響を懸念する声が台湾にはある。また、米最高裁判所が相互関税は違法だとの判断を下す可能性もあるのに、対米投資を早々と約束したのは問題だとの批判もある。
第4に、以前にも指摘したように、4月に控えている米中首脳会談は、米台関係にも影響を与えかねない。米中対立が緩和されれば、米国企業からの委託生産に従事する企業が多い台湾と中国の経済関係も変わりうる。一方、米中関係が再び緊張の度を高めれば、米国が対中輸出管理など経済安保面で足並みをそろえるよう、台湾に対してこれまで以上に強く迫る可能性もある。
本合意は大きな節目だが、台湾を取り巻く経済安全保障環境を左右するイベントはまだ多い。これらの先行きを引き続き注視していく必要がある。
図表1 米台通商合意内容
| 台湾企業による対米投資 |
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|---|---|
| 投資に対する信用保証供与 |
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| 産業クラスター形成 |
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| 双方向の投資の促進 |
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| 対台湾相互関税率の引き下げ |
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| 台湾に対する「1962年通商拡大法232条」に基づく追加関税の優遇 |
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*本稿の内容は筆者の個人的見解であり、所属組織を含め、いかなる組織の見解を表すものではありません。*関連レポート「米台通商交渉と台湾の未来:日本への示唆」はこちら
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