米国とイラン、確執の歴史
緊張が続く中東情勢は、この6月に大きな転換点を迎えました。それまでの経緯と、実際に何が起きていたのか、そして今後の展望について概観します。
そもそも中東における紛争の背景にあるのは、長期にわたる米国・イランの対立関係です。1950年代、石油の国有化を進めようとしたイランのモサデグ政権が軍事クーデターによって打倒され、パーレビ政権(パーレビ王朝)が誕生しました。裏で画策したのが、国有化を阻止したい米国と英国の情報機関だったと言われています。
パーレビ政権は西側と良好な関係を継続していましたが、1979年にホメイニ師に率いられたイスラム革命によって崩壊。イスラム教シーア派に率いられたイラン・イスラム共和国が誕生しました。
また革命の混乱の中、米国大使館が占拠されて職員が人質にされる事件が発生します。当時の米カーター政権は米軍特殊部隊による救出作戦(イーグルクロー作戦)を敢行しますが、これに失敗。体面を失った米国は、それ以降、イランと剣呑な関係を続けてきました。
そしてこの6月、イスラエルによるイラン爆撃(ライジング・ライオン作戦)に引き続き、米軍によるイラン核施設への大規模攻撃(ミッドナイト・ハンマー作戦)に至るわけです。
ハマスの襲撃を招いたイスラエルの「油断」
直接のトリガーとなったのは、2023年10月7日のハマスによるイスラエルへの襲撃です。この事態はイスラエルのネタニヤフ政権に深刻な影響を与えました。わずか1日の襲撃で約1200人のイスラエル人が殺害され、251人が人質として連れ去られるような事態は、過去の第一次から第三次の中東戦争をも凌ぐと言われています。
これほど犠牲が拡大したのは、イスラエル・米国側にインテリジェンスの失敗があったためと考えられます。例えば襲撃の1週間ほど前には、当時の米国家安全保障問題担当大統領補佐官ジェイク・サリバンが、演説で「中東情勢は過去20年間においてもっとも安定している」と語っています。国家安全保障問題担当大統領補佐官は、基本的にホワイトハウスにおけるインテリジェンスブリーフにはすべて出席し、また米国のインテリジェンス・コミュニティからの情報集約も受けているわけです。その立場でこういう発言がなされたということは、米国もイスラエルも、その後のハマスの襲撃について何ら予測できていなかった証左でしょう。
では本当に、イスラエルは攻撃を探知していなかったのかというと、実は一定限度の情報はあったようです。襲撃直後のニューヨーク・タイムズ紙の記事によれば、現場の指揮官は事前に電波情報として入手していたらしい。さらには1年ほど前の時点で、襲撃の作戦計画があることをイスラエル当局は把握していたとも言われています。
それらの情報が活かされなかったのは、ハマスに対するイスラエルの油断があったためだと思われます。Netflixで配信されているイスラエル製作のドラマ「ファウダー 報復の連鎖」では、イスラエル総保安庁(シャバック)のような情報機関が、ガザ地区に精緻な情報網を張り巡らせている様子が描かれていますが、これは誇張や演出ではありません。だから、同地で起きていることはすべて把握できていると考えていた。これを「contained threat(抑止された脅威)」と言いますが、それを過信していたわけです。
例えばシギント(SIGINT: Signals Intelligence、通信を利用した諜報活動の意)部隊の司令官に何らかの情報が上がってきた場合でも、その段階で「単なる演習に過ぎない」と判断して上層部に伝えることを却下したとも言われています。その隙を突かれたのが、先の襲撃でした。
イランの代理勢力「シーアの三日月」は拡大から衰退へ
それ以降、ネタニヤフ政権はハマス体制の完全消滅を訴え、ガザ地区への徹底的な空爆を繰り返しています。それは膨大な同胞が犠牲もしくは人質に取られたのみならず、イスラエルの国家全体にとって深刻な脅威と映ったからです。
もともとイスラエルの安全保障を考えた場合、最大の脅威は2つの意味でイランでした。1つは核保有。非常に狭隘なイスラエルの国土において、これは国家存亡の危機に直結します。そしてもう1つは、イランを頂点とするイスラム教シーア派による包囲網「シーアの三日月(クレセント・オブ・シーア)」です。ハマスは基本的にスンニ派ですが、イランの支援を受けています。それからイスラエル北部で国境を接するレバノンの武装組織ヒズボラ(神の党)、イエメンのフーシ派、イラクのシーア派勢力カタイブ・ヒズボラ(神の党旅団、ただし地政学的にイランからは若干遠い)。またシリアのアサド政権も同じ一派でした。これらはイランのプロキシー(代理勢力)を形成し、イスラエルと、古くからライバル関係にあるサウジアラビアに睨みを利かせていたわけです。
実際、イスラエルがハマスへの報復攻撃を開始した直後に、レバノンのヒズボラもイスラエルへ攻撃を仕掛けました。ガザ地区に兵力を集中させたいイスラエルにとって、これはたいへんな脅威だったはずです。
ただし、このシーアの三日月の勢力が最大限に拡張したのは2020年まで。最大の功労者であり、「英雄」と呼ばれたイラン革命防衛隊コッズ部隊の司令官カセム・ソレイマニが、同年1月にイラクのバグダッド国際空港付近で米国のドローン攻撃によって殺害されたからです。
いささか余談ながら、希代の「英雄」を殺害されたイランは、当然ながら報復の機会を伺っていると言われています。米国の情報機関によると、そのターゲットは作戦を指揮した当時の米国政権、具体的にはトランプ大統領とマイク・ポンペオ国務長官、ロバート・オブライエン国家安全保障問題担当大統領補佐官(いずれも当時)の3人です。だからトランプ大統領はもちろんですが、要職を離れた2人にもシークレット・サービスによる警護が付いたのです。ただ、直近の米国発のニュースによれば、ポンペオは警護対象から外されたらしい。トランプとポンペオの関係が悪化しているのかもしれません。
それはともかく、シーアの三日月にとってもう1つの大きな痛手は、シリアの体制転換です。長く独裁政権を維持してきたアサド大統領はシーア派の一派であるアラウィー派で、シリア国内では少数派ですが、終始一貫してイランの支援を受けてきました。
ところが2024年12月に同政権が崩壊すると、必然的にイランの影響力も低下します。代わって存在感を増しているのがトルコです。現在のシリア政権はISIL(イスラム国)が起源と言われていますが、トルコは以前からシリア内で反政府勢力だった彼らから原油を買うなど、実質的に支援を続けてきました。それがようやく奏功した形です。
イスラエルのインテリジェンスによる復讐劇
さらにネタニヤフ政権は、ハマスとの交戦が膠着に至った段階で、ヒズボラに対する徹底攻撃を展開します。大きな脅威を逆手に取るように、イランの代理勢力の解体を目指すわけです。ネタニヤフは毀誉褒貶のある人物ですが、この判断にはきわめて注視すべきものがあったと思います。
しかもその手段として、要人の殺害(サージカル・アタック)による指揮命令系統の寸断が多く画策されました。インテリジェンスを駆使して対象者の居場所を特定し、ピンポイントで目的を達成する。先のハマスによる襲撃ではインテリジェンスの失敗を露呈しましたが、その汚名をそそぐかのように精緻さを発揮しました。
例えば2024年9月には、ヒズボラの総帥ナスララを殺害しています。ベイルート南部の司令部に留まっていたところを、イスラエル空軍が空爆しました。それは間歇的かつ執拗な攻撃だったと言われています。
あるいはその直前にも、ページャーと呼ばれるポケベル型の通信機器を相次いで爆発させ、携帯していたヒズボラの多くの高位指揮官を殺害または負傷させています。通信機器の製造・流通段階で爆発物を仕込み、それをヒズボラ側に調達させた上での作戦であることから、「サプライチェーン攻撃」と呼ばれています。この攻撃にもインテリジェンス・オペレーションが欠かせません。
ちなみにヒズボラはかつて日本赤軍を支援していた時期があり、私もレバノンにおける非常に強力な組織であると認識していました。その司令官たちが次々に殺害されていることからも、ネタニヤフ政権がいかに好戦的な姿勢を強めているかが分かります。
同様の作戦は、ハマス指導者に対しても行われています。特に、ハマスの最高指導者ハニヤ氏はイランに滞在中、見せしめのように殺害されました。場所などを特定するインテリジェンスが行き届いていることを誇示する目的もあるのでしょう。こうした作戦が、ハマスからの攻撃の大きな抑止力になっていることは間違いありません。
かかる経緯で、イランにとって最大の安全保障政策だったシーアの三日月は一気に弱体化します。イランはもはや残された本土を自分たちで守るしかない状態です。ハマスによるイスラエルへの襲撃は、結果として、イランの国力、抑止力を大きく毀損することになったわけです。
2つの大規模軍事作戦の背景にあった「連携」
イスラエルにとって、残された脅威はイランの核保有です。それを回避する機会を得たのが、2024年10月のイラン本土への空爆でした。これはイランからイスラエルに対する攻撃への報復として行われましたが、その際にイランの防空体制・防空施設についての知識・情報を入手します。この時点で、今回の「ライジング・ライオン作戦」と同様の核施設への攻撃が可能になっていたわけです。
ただ、当時のネタニヤフ政権は米バイデン政権による説得を受け入れ、核施設への攻撃を思い止まります。しかし2025年1月の第二次トランプ政権成立は、ネタニヤフ政権にとって千載一遇の機会になりました。逆に言えば、トランプ大統領が政権にある間でなければ攻撃が困難なことを、おそらく身にしみて感じていたと思います。そこで2025年6月13日、イスラエルは満を持して「ライジング・ライオン作戦」を発動したわけです。
さらにその9日後の6月22日、今度は米国が同じくイランの核施設を標的にした空爆「ミッドナイト・ハンマー作戦」を敢行しました。この2つの作戦は公式には「共同作戦ではない」と強調されましたが、真に受ける人はいないでしょう。基本的には、大きな分業体制が敷かれたと見るのが正しいと思います。
「ライジング・ライオン作戦」は、イランを広範囲に空爆するものでした。ネタニヤフ政権はその目的を「イランに体制変革を迫るため」と説明していましたが、主たる安全保障上の脅威は核開発です。それにしては核施設のあるフォルドゥやナタンズへの攻撃は軽微で、防空網を無力化した程度で終了しています。まして核施設は地下深部に設置されているので、とうてい破壊には至りません。最初から〝ビッグブラザー〟による本格攻撃を想定していたと考えられます。
実際、「ライジング・ライオン作戦」の直後にカナダで開かれたG7を、トランプ大統領は中座して批判を浴びました。これはまさに作戦の成果を見きわめるため、そして米国がどれほど加担すべきかを検討するためだったと思われます。
その後の米軍による「ミッドナイト・ハンマー作戦」で使用された地下貫通型爆弾バンカーバスター(GBU-57)は、約60メートルもの貫通力を持つ、世界で米軍しか持たない強力な破壊兵器です。「ライジング・ライオン作戦」によってもたらされた情報をもとに、地下核施設の確実な破壊を期したわけです。
作戦終了後、トランプ大統領は「我々のチームはうまく行った」とコメントしています。まさにイスラエル・米国というチームの密接な連携によって成し遂げられたということでしょう。
では、イランの地下核施設は本当に破壊されたのか。トランプ大統領は「完全に破壊された」と主張していますが、米国国防情報局(DIA)は初期評価として「核計画の中核は残存し、遅延は数か月程度」だと報じられています。また高濃縮ウランや遠心分離機の大半は無傷との分析もあります。
現段階ではまだ評価が分かれるところですが、少なくとも軽微と判断するのは早計な気がします。例えば作戦直後のフォルドゥを捉えた衛星画像を見ると、もともと谷だった場所が土砂で埋まっている様子が伺えます。この状態では、地下がどうなっているかを検証することは不可能でしょう。実際、国際原子力機関(IAEA)も現地査察ができない状態です。まだなんとも言えないところですが、個人的には、回復までかなりの時間を要するほどシリアスなダメージを受けているのではないかという感触を持っています。
「停戦」はあくまでも一時的か
「ミッドナイト・ハンマー作戦」の翌日、トランプ大統領はSNSを通じ、イランとイスラエルが米国の仲介で停戦に合意したと発表しました。
イランとしては、やむを得ない判断だったと思います。すでに述べてきたとおり、安全保障の要だったシーアの三日月はほとんど崩壊に瀕しています。また虎の子の核施設も空爆を受け、おそらくは核開発の多大な遅延に直面しています。イラン側は表見的に「勝利宣言」を出しましたが、本音としてはかなり追い詰められていたはずです。
そこで問題は、この停戦がいつまで続くか。ポイントは、根本的な対立構造は何ら変わっていないということです。シーアの三日月が存亡の危機に瀕しているとすれば、イランが抑止力として頼めるのは核武装しかありません。つまりは、北朝鮮と同じ状況です。
一方、米国・イスラエルが目指すのは、イランの核兵器製造能力の除去、つまりは非核化です。この究極的な対立が存在するかぎり、停戦は一時的にならざるを得ないのではないでしょうか。
昨年、1990年代初頭の米ブッシュ政権において副大統領を務めたダン・クエールが来日した際、私は面談する機会を得ました。話題が中東情勢に及ぶと、彼の意見は明快でした。「北村さん、現在の中東を安定させるには、イランの体制変革しかない」。
当時は面白いことを言うなと思って聞いていましたが、これがワシントンでは主流の考え方だったのでしょう。こういう冷静な情勢認識が行われているとすれば、今回の停戦で万事解決とはならないことは明らかです。
ただし、1つだけ大きく変わった点があります。イランの核開発をどれだけ遅らせたかは別として、米国による攻撃がきわめて大規模に行われたことは間違いありません。トランプ政権の核開発阻止に対する本気度がバイデン政権とはまったく異なることを、イラン側も認識したはずです。それを踏まえた上で行われる今後の交渉の帰趨を、慎重に見定めていく必要があると思います。
サウジアラビア、ロシア、中国の動向
最後に、一連の経緯に関連するその他の国の動向について触れておきます。
まずサウジアラビア。先述のとおり、中東におけるイランの最大のコンペティターはサウジアラビアです。イランが核保有を目指すのも、それによってサウジアラビアの影響力を削ぐことが理由の1つだと考えられます。
当のサウジアラビアとしては、今回の紛争の拡大を非常に懸念していたはずですが、積極的な動きは見せていません。まして、同じイスラム教国だからという理由でイランに加担し、イスラエルと戦うということもあり得ません。
サウジアラビアを含むイスラム教スンニ派の湾岸諸国は、これまでシーアの三日月の台頭により、政権自体を何度も脅かされてきました。その意味で、イランの国力が削がれたことは、むしろ彼らにとって安心材料になったと思われます。
次にイランと緊密な関係にあると言われるロシアですが、基本的には対ウクライナで手いっぱいといったところです。もともとイランには、ロシア製のS-300という防空ロケットが配備されていました。しかし先述のとおり、これはイスラエルによる「ライジング・ライオン作戦」によって破壊されます。ではその後、最新の施設が再配備されたかというと、そういう形跡はありません。ロシアとしてもウクライナとの戦闘が継続している状態なので、特に軍備についてイランに供給するほどの余裕はないのが実態でしょう。
そして中国ですが、意外と存在感を発揮できていません。2年前の2023年、中国は2016年から断絶していたイランとサウジアラビアの関係を正常化すべく、仲介役を買って出たことがありました。背景には、「米国不在」と言われた当時の状況があります。2018年にトルコのサウジアラビア大使館でジャーナリスト、カショギ氏が殺害された事件では、同国のMBS(ムハンマド皇太子)の強い関与が疑われました。当時のトランプ政権は皇太子を擁護しましたが、その後のバイデン政権は人権侵害に抵触するとして問題視。以降、米国とサウジアラビアの関係は冷却化します。中国はその間隙を縫うように中東問題にコミットしたわけです。
しかし昨今の状況においては、特に目立った動きを見せていません。世界覇権を追求する中国と、中華民族の偉大なる復興を唱える習近平国家主席にしては、なぜかおとなしいままです。
またイランから原油を大量に輸入しているとも言われていますが、基本的には経済的な関係が中心であり、安全保障的な連携は薄いようです。今後、どのような形で中東にコミットしようとしているのか、よくわからないというのが正直なところです。