北村センター長と伊藤副センター長、大澤研究主幹の3人が鼎談を実施いたしました。
沈むイラン、台頭するトルコ
伊藤 北村先生から貴重なご報告をいただきました。急展開する中東情勢の背景について、米国の果たした役割がいかに大きかったかを再認識できたように思います。
ここからは大澤淳先生にも加わっていただき、まずは補足的な議論をさせていただければと思います。
ご報告の終盤で、イランが停戦に合意せざるを得なかった背景の1つとして、ロシアから防空ミサイルS-300の供給が途絶したからというお話がありました。実は先日、大澤先生がDCERに寄稿された緊急レポートでも、やはりイランはすでにミサイルを打ち尽くした、ないしは発射設備そのものに大きなダメージを受けたと指摘されています。大澤先生、新たな情報や分析などはありますでしょうか。
大澤 イスラエル国内から直近で出てきている情報によると、「ライジング・ライオン作戦」の空爆によってイランの中距離弾道ミサイルを800-1000発程度地上で破壊したようです。もともとイランの中距離ミサイルの在庫は2000発と言われていましたが、2024年に320発、今回のイスラエルへの攻撃で1000発近く使っています。だとすれば、在庫はほとんど尽きたことになります。もちろん生産にはかなり時間がかかるので、イランの反撃能力は失われた状態になっていたと考えられます。
伊藤 それから北村先生のお話で、トルコが中東地域において独特の立ち位置を確立しつつある印象を受けました。大澤先生もレポートの中で、トルコのプレゼンスの変化について指摘されていましたね。このあたりをあらためてご説明いただければ。
大澤 エルドアン政権下のトルコは、軍事衝突の当事国にトルコ製の無人機(攻撃型ドローン)バイラクタルを売却しています。ウクライナも売却先の1つで、戦闘初期にはかなり活躍したと報道されました。それ以前にもアゼルバイジャンとアルメニアの紛争ではアゼルバイジャン側に、あるいは今年発生したパキスタンとインドの軍事衝突ではパキスタン側に供給されて、それぞれ相手国に大きな損害を与えたと言われています。
たしかに北村先生のご指摘のとおり、トルコは現体制のシリアをバックアップしていることもあり、今後この地域で存在感が非常に大きくなってくると思います。イスラエルにとっては、また難しい対応を迫られるのでははいでしょうか。
北村 バイラクタルの売却はトルコにとって国策、さらに言えば閨閥的な事業でもあります。製造しているバイカル社の創業者の息子が、エルドアンの娘婿なんです。だから国が積極的に支援しているわけです。
実際に高性能なようで、おっしゃるとおりウクライナ戦争の初期にも使われて戦果を挙げた。プーチン大統領は、第二次ナゴルノ・カラバフ戦争にアルメニアが使用して敗退したロシア製のドローンに非常にコンプレックスを抱いているとも言われています。
それからトルコのフィダン外相はエルドアンの右腕で、かつてトルコ国家情報機構(MIT)という情報機関の長官だった人物です。その当時、私はミュンヘンで開かれた国際会議で同席したことがありますが、彼のもとには門前市をなすほど常に多くの人が集まっていました。日本から参加した私の周囲は常に閑散としていましたが(笑)。
それだけトルコは、昔から中東における大国だったわけです。日本から見るとわかりにくい外交を展開していますが、経済力も軍事力もありますからね。
「ホルムズ海峡封鎖」はあり得るか
伊藤 もう1つ、米国から攻撃を受けたイランが、報復としてホルムズ海峡を封鎖するのではという見方があります。その点については大澤先生も先のDCERの緊急レポートで分析されていますが、北村先生はどう見ますか。
北村 たしかにホルムズ海峡には革命防衛隊の基地があるので、イランは封鎖しようと思えばいつでもできます。しかし、自国にとってリスクがかなり大きいと思う。石油の輸出ができなくなるし、今回はわりと様子見だった湾岸諸国を敵に回すことにもなりますからね。
これは懸念されている台湾有事についても言えること。仮に中国が何らかの軍事行動を起こした場合、中国に対する経済的反作用は凄まじいものになるでしょう。そのあたりをどう考えるかということです。まあ北朝鮮のように孤立した国なら、イチかバチかで本当にやるかもしれないけど(笑)。
日本の抑止力は格段に高まった
伊藤 ところで、今回の一連の軍事衝突は、日本にどういう影響を及ぼしたでしょうか。また教訓とすべきことはありますか。
北村 イスラエルと米国によるイランへの空爆によって、日本の抑止力が格段に上がったことは間違いありません。
イスラエル・米国とイランとの間には、圧倒的なインテリジェンスの差がありました。個別のターゲットに対してサージカルアタック(限定攻撃)が可能だったイスラエル・米国に対し、イランはそれができなかった。その結果、イランの防空能力は撃滅されたわけです。
日本は米国製巡航ミサイル「トマホーク」を400発購入する予定ですが、それだけで反撃能力が高まるとは言えません。米国の同盟国として、一体的にインテリジェンス資源を発揮できるかどうか。例えば中国人民解放軍のプロはそこを注視しているはずです。
人民解放軍はDF-21やDF-26といった弾道ミサイルを大量に持っていますが、防空能力についてはあまり耳にしません。例えば、中南海の地下構造化が進んでいるかどうかも、実はよくわからない。仮に不十分だとしたら、中南海の住人は今回の空爆を脅威に感じていると思いますよ。それでもなお、一戦を交えようという気になるかどうか。
ちなみに2017年、北朝鮮が核実験と弾道ミサイル実験を相次いで強行して米国や日本を威嚇した「北朝鮮危機」の際には、米国はサージカルアタックに踏み切っていません。それは平壌の地下構造化が進んでいたからです。
伊藤 そういえば、2つの軍事作戦の狭間で、イスラエルがイランの最高指導者ハメネイ師の暗殺を米国に打診したという報道がありました。トランプ大統領がそれを却下したと。
北村 あれも一種の脅しですよね。逆に言えば、やろうと思えばいつでも可能なんだぞということ。それも前提となって停戦に至ったのでしょう。
情報戦とサイバー攻撃への認識を高める必要がある
伊藤 ああいう話が表に出てくること自体、非常に演出めいたものを感じます。大澤先生はどう見ますか。
大澤 情報戦という観点から見ますと、今回衝撃的だったのは「ライジング・ライオン作戦」の一環として行われた斬首作戦です。イスラエルは、イランの核開発の科学者や革命防衛隊とイラン軍の司令官など数十名をピンポイントで殺害しました。ということは、リアルタイムで位置情報を把握していたことになる。おそらく情報機器から漏れる位置情報をビッグデータで処理をして、ターゲティングしていたのだと思います。
こういうことに関して、日本はあまりにも無防備ですよね。政治家の方は当たり前のようにスマホを携帯されています。カウンターインテリジェンスで情報を保護することが、重要になってきていると思います。
それからサイバー戦の面でも、イスラエルは空爆と並行してイランの銀行システムをダウンさせたり、放送局を乗っ取ったりしました。リアルとサイバーの軍事作戦は同時に進行するということが、今回あらためてよくわかりました。
特に放送局のようなメディアは狙われやすい。過去のインド・パキスタンの紛争でも、ウクライナ戦争でも、今回のイスラエル・イランの軍事衝突でもそうでした。その点で日本のメディアは危機意識が希薄だと思います。
伊藤 たしかに、放送事業者は経済安全保障推進法で規定されている特定社会基盤事業者(国や自治体が指定する、基幹インフラ事業者)には一部のテレビ局しか入っていません。インターネットメディアやラジオなど情報を発信する事業者の重要性については、もう少し認識をあらためたほうがいいのかなと思いますね。
それからもう1つ、逆にイランのサイバー攻撃能力については、どのように評価されていますか。
大澤 過去の事例からすると、例えばアメリカ国内のそれほどしっかり管理されていない小規模なダムのシステムに侵入し、外から操作したことがあります。またイスラエルに対しては、DDoS攻撃(複数のコンピューターから大量のデータを送りつけ、ターゲットをダウンさせる)等を仕掛けたことがあります。一時的にウェブサイトを止めるといった攻撃能力はあります。
自国のネットを守る能力はどの程度あったかというと、かなり劣っていたと思います。今回も戦闘開始直後、ちょうどイランの人々が一斉にお金を下ろそうとしたタイミングで、銀行のシステムがダウンしましたからね。それにサイバー攻撃を防ぐために取った手段も、自国のインターネットを遮断することでした。これは実効性がほとんどない、ごく原始的なやり方です。
(後半に続く)