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DCER経済安保1万人サーベイ

能動的サイバー防御法が成立:1万人サーベイでは69%が肯定的意見

サイバー対処能力強化に向けた法律が可決・成立

我が国に対する重大なサイバー攻撃への対処能力を強化するための能動的サイバー防御関連法(正式名称:重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律および同整備法(通称:サイバー対処能力強化法および同整備法))が、2025年5月16日の参議院本会議において与野党の賛成多数で可決・成立した。

この法案は、2022年12月に改訂された国家安全保障戦略において、「安全保障上の懸念を生じさせる重大なサイバー攻撃のおそれがある場合、これを未然に排除し、また、このようなサイバー攻撃が発生した場合の被害の拡大を防止するために能動的サイバー防御を導入する」と明記されたことを受け、2年半にわたる慎重な議論を経て成立したものである。

受動的防御から能動的対応へ

能動的サイバー防御(Active Cyber Defense:以下「ACD」)は、従来の受動的なサイバー防御(Passive Cyber Defense)では対応が困難となったサイバー攻撃に対処するため、2016年頃から米国や英国で提唱されはじめた新たな防御概念である。

この考え方は、攻撃対象となるネットワークのセキュリティを強化するだけでは、サイバー攻撃をもはや防ぎきれないという現実を踏まえ、攻撃者側に対して直接的に対処することにより、その攻撃効果を減殺することを目的としている。

たとえるならば、相手の攻撃に対して自陣内の塹壕戦や籠城戦でひたすら耐え続けるのではなく、攻撃者を偵察し、途中で待ち構え、補給線を断ち、策源地に反撃することで相手の作戦そのものを頓挫させる戦略である。こうした発想は軍事の世界では「機動防御(Active Defense)」と呼ばれており、ACDはそのサイバー空間における応用版と言える。

法律の4本柱と主要論点

今回成立したACD関連法は、(1)官民連携、(2)通信情報の利用、(3)アクセス・無害化措置、(4)組織体制の整備、の4つの柱で構成されている。このうち、前者2つの柱は「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律」で、後者2つの柱は「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」でカバーされている。なかでも、(2)通信情報の利用と(3)アクセス・無害化は、サイバー攻撃への能動的対処に直結する中核的な要素である。

「相手を途中で待ち構えて撃破する」手法ともいえる(2)では、インターネット上を流れる通信情報を包括的に収集・分析し、サイバー攻撃に関連する通信を検知・遮断することが想定されており、憲法第21条が保障する「通信の秘密」との関係が論点となっていた。

また、「相手の補給線を絶ち、策源地に反撃する」手法ともいえる(3)アクセス・無害化については、攻撃側に乗っ取られた国内のIT機器を無害化し、さらには国外の攻撃側ネットワークに侵入してその機能を無害化する必要があり、国民の権利や国際法上の整合性が論点となっていた。

このように、重大なサイバー攻撃を未然に防ぐという「公共の福祉」としての安全保障の確保をめざすACDの運用には、「国民の権利」を一定程度制約する側面がある。そのため、その正当性および社会的受容性をいかに確保するかが、法制化における最大の課題であった。実際、ACDの導入に対して国民の理解と納得を得ることは、政治家や官僚にとって最大の懸案事項であり、それが法案成立までに2年半を要した一因でもあった。

有権者の69%が能動的サイバー防御の実施に肯定的意見

こうした背景を踏まえ、電通総研 経済安全保障研究センター(以下、DCER)は、能動的サイバー防御法案の成立前にあたる2024年12月下旬、「DCER経済安保1万人サーベイ」の一環として、全国の有権者1万人を対象にACD導入に関する意識調査を実施した(調査手法の詳細はこちら、当調査における倫理的配慮についてはこちら)。

本調査では、「日本の重要インフラ(電力や通信網など)をねらったサイバー攻撃(インターネットを通じた悪意ある攻撃)を未然に防ぐために、政府はサイバー空間(インターネット上の世界)を常時監視し、攻撃の兆候を検知したら相手のシステムに先に侵入して無害化すべきだ」という意見について、回答者がどう思うかを尋ねた。回答は「強くそう思う」「ややそう思う」「どちらともいえない」「あまりそう思わない」「まったくそう思わない」の5択から選択してもらった。

調査の結果、回答者全体の約69%がACDの実施に肯定的な意見(「強くそう思う」と「ややそう思う」の合計)を表明した。この割合は、「人」に関するセキュリティ・クリアランス制度に対する肯定的な意見(74%)と比較すると、やや低い水準にとどまっている。一方で、「どちらともいえない」として態度を保留した者は約25%、否定的な意見(「あまりそう思わない」と「まったくそう思わない」の合計)は約6%にとどまった。

年齢別でみると、すべての年代でACD実施に対する肯定派が多数を占めていることが確認された。ただし、70代(82%)および60代(77%)では肯定派の割合が特に高い一方で、20代(57%)や30代(63%)などの若年層では同割合が相対的に低く、関連情報の周知や制度理解の促進が今後の課題となる。

回答者の69%が能動的サイバー防御の実施に肯定的
「ACDを実施すべき」との意見に対して、あなたは?
出所:電通総研 経済安全保障研究センター「DCER経済安保1万人サーベイ」 (N=10,000)。(注) 「そう思う」は「強くそう思う」と「ややそう思う」の合計、「そう思わない」は「あまりそう思わない」と「まったくそう思わない」の合計である。

台湾有事リスク認識とACD支持に強い相関

近年はサイバー攻撃や偽情報工作を含む「ハイブリッド戦争」が、現実の安全保障上の脅威として顕在化している。とりわけ、ロシアによるウクライナ侵略では、武力行使に先行して大規模なサイバー攻撃が展開され、その複合的な脅威への備えの必要性が国際的に強く認識されるようになった。

そこで「DCER経済安保1万人サーベイ」では、台湾有事に対するリスク認識についても調査を行った。設問では、「近い将来、中国は台湾を武力で統一しようとしている、との見解があります。こうした「台湾有事」が起こる確率はどの程度とお考えですか。」と回答者に尋ねた。

その結果、「高い」と回答した者が約45%で最多となり、「とても高い」(約11%)と合わせると、全体の約56%が有事の可能性を高く見積もっていることが明らかとなった。一方、「どちらともいえない」とする中立的な回答も約31%にのぼり、認識が定まっていない層の存在もうかがえる。「低い」(11%)および「とても低い」(2%)とする回答は少数派にとどまり、全体として台湾有事に一定の現実味を感じている回答者が多数派を占めている。

次に、台湾有事の発生確率に対する認識と、ACD実施に対する態度の関係を分析したところ、有事の可能性を高く見積もる層ほど、ACD実施に対して肯定的である傾向が確認された。また、台湾有事の発生確率について明確な判断を示さなかった層では、ACD実施の是非についても「どちらともいえない」と態度を保留する傾向(約40%)がみられた。これらの結果は因果関係を示すものではないが、安全保障上のリスク認識の高さとACD実施の必要性に対する態度の間には、強い相関関係があることが示された。

台湾有事の発生確率が「高い」と認識する人はACD実施に肯定的な傾向
「ACDを実施すべき」との意見に対して、あなたは?
台湾有事が発生する確率は?
出所:電通総研 経済安全保障研究センター「DCER経済安保1万人サーベイ」 (N=10,000)。注1: 「そう思う」は「強くそう思う」と「ややそう思う」の合計、「そう思わない」は「あまりそう思わない」と「まったくそう思わない」の合計である。注2: ACD導入に対する態度形成には多様な要因が影響しており、台湾有事に対する認識のみが決定的な影響を与えるものではないことに留意されたい。

ACDへの態度:与野党を超えた支持

支持政党(与野党)別に見ると、与党支持者(76.3%)、野党支持者(74.4%)ともに約75%がACDに肯定的な意見を示しており、安全保障を確保する手段としてのACDへの支持が、幅広い政治的立場にまたがって存在していることがうかがえる。

一方、無党派層(63.9%)や非回答層(51.5%)では肯定的意見の割合が低下しており、ACDに対して一定の懸念や不信感を抱いている可能性を示唆している。

与野党支持者ともに約75%がACD実施に肯定的な意見を表明
「ACDを実施すべき」との意見に対して、あなたは?
出所:電通総研 経済安全保障研究センター「DCER経済安保1万人サーベイ」 (N=10,000)。注1: 「そう思う」は「強くそう思う」と「ややそう思う」の合計、「そう思わない」は「あまりそう思わない」と「まったくそう思わない」の合計である。注2: 本結果は、特定の政党や政策を支持または否定するものではなく、あくまで統計的傾向を記述したものである。また、支持政党と政策支持の関係については、因果関係を主張するものではない。
DCER経済安保1万人サーベイ

セキュリティ・クリアランス法施行:1万人サーベイでは74%が必要性を理解

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