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韓米投資枠組みの評価:合意は幕ではなく序章にすぎない

ポイント

  1. 日米投資MOUの公表後、韓米間でも同様のMOUが締結されることへの韓国国内の政治的反発により、韓米投資交渉は暫定合意後も最終署名が遅れ、妥結はAPECでの首脳会議まで持ち越された。
  2. 最終合意では自動車関税を25%から15%へ引き下げ、年200億ドルの投資上限も確保したが、総額3,500億ドルという投資規模はGDP比で見れば日本以上に重い負担となる。
  3. 法的拘束力の弱いMOUの下、米国の「国富ファンド」構想と案件ごとの個別交渉が継続することを踏まえると、韓国にとっては今後もリスクと機会が交錯する構造が続く。

日米投資合意への批判と韓国国内政治が招いた交渉の遅延

今年7月、韓国と米国は関税交渉において大枠で暫定合意し、総額3,500億ドル規模に及ぶ対米投資パッケージを発表した。しかし、その後の詰めの交渉は予想以上に長引いた。背景には、日米間で合意された日本の対米投資に関する了解覚書(MOU)に対する韓国国内の批判と、それに縛られた政権の政治的ディレンマがあった。

特に、与党・民主党の議員たちは日米間の合意内容について「屈辱的な不平等条約」だとする懸念を表明し、これを受けて李在明(イ・ジェミョン)政権も「日本を反面教師とする」「日本式交渉は踏襲しない」と公言したため、日本と同水準の合意内容を受け入れることが、政治的に困難な状況に陥ったのである。

7月に暫定合意が発表された当初、交渉団は「日本より有利な最善の合意だ」と自賛し、早期に最終署名に至るかのように見えた。しかし、8月末の李在明大統領の訪米でも署名には至らず、政府は正式合意に対して慎重な姿勢へと転じた。訪米直後の9月初旬、就任100日を迎えた李在明大統領は米タイム誌とのインタビューで、「(米国の要求通り)そのまま合意していたら弾劾されていたはずだ」と述べた。それほどまでに、世論の空気は急速に悪化していたのである。

結果として、韓国政府は交渉を引き延ばしながら、米国に対して追加譲歩を求めざるを得ない状況となった。こうした「自縄自縛」の状態のもと、韓米投資交渉は10月のAPECでの韓米首脳会議まで持ち越されることとなった。

成果: 25%の関税爆弾は回避、対米投資では年200億ドルの上限を確保

最終的に、APECを機に韓国と米国は劇的な妥結に至り、韓米間でも「韓米戦略的投資に関する了解覚書」(MOU)が締結された。主要な成果は以下のとおりである。

最大の成果は、韓国産自動車に対する米国の関税が現行の25%から15%に削減されたことである。これにより、25%という「関税爆弾」と、それに伴う自動車産業の輸出競争力低下は回避されることになった。日本はすでに7月に自動車関税の削減約束を米国から取り付けており、9月から15%の新税率が適用されていたため、韓国は遅れて同水準に追いついた格好だ。

第二に、年間の対米投資執行額に上限を設けた点が挙げられる。当初、米国側はトランプ米大統領の任期が終了する2029年1月までの約3年間に、巨額の前払い投資を要求していた。これに対しては、為替リスクの観点から到底容認できないとの懸念が韓国国内で広がっていた。こうした状況のもと、最終合意では、約3,500億ドルの投資約束のうち、現金投資2,000億ドルを「年200億ドル以内」に分割して執行することが明記された。このように、一度に天文学的な資金を投じるのではなく、各プロジェクトの進捗に応じて投資を段階的に実行するという枠組みは、韓国側が一定の安全装置を獲得したものと評価できる。

また、年間投資額に上限が設けられたことにより、トランプ大統領の任期終了後も投資の執行が継続される見通しとなった。この点は、投資リスクの分散や、政権交代にともなう政策変更への対応という観点からも、重要な意義を持つだろう。

第三に、造船分野における収益の帰属である。総額3,500億ドルのうち、残る1,500億ドルは造船分野に充てられることとなった。これには、韓国企業による対米直接投資に加え、金融機関による融資保証や船舶金融が含まれるが、発生するすべての収益を韓国企業に帰属させることで合意がなされた。

第四に、特殊目的事業体(SPV)の設置方法である。個別投資プロジェクトごとにSPVを設ける日米間の方式とは異なり、韓米間の方式では、まず「アンブレラ式」の特殊目的事業体を設立し、その傘下にプロジェクト別の小規模SPVを配置するファンド型の構造が採用された。この方式により、あるプロジェクトで損失が出た場合でも、他のプロジェクトによってこれを補填することが可能となった。

なお、韓国政府は「商業的合理性のある事業にのみ投資する」との原則を掲げており、投資回収が見込める案件に限定して実行するとの方針を強調している。

総額3,500億ドルという重い負担

他方で、韓国が約束した総額3,500億ドルという投資規模は、同国経済にとってなお非常に重い負担である。3,500億ドルは韓国の名目GDPの約20%に相当する。日本が合意した5,500億ドルの投資は日本のGDPの約13%程度にとどまり、経済規模に対する比率で見れば、韓国のほうがはるかに大きな負担を負うことになる。

さらに、年最大200億ドルの現金投資は、韓国の年間国防予算のほぼ半分に匹敵する規模である。財政余力も限られ、また経済安全保障上の国内投資の必要性も高まるなか、これほどの対外投資を長期的に維持することは、政治的にも経済的にも容易ではない。

こうしたなか、一部では「これは割に合わないディールではないか」との批判もあがっている。たとえば、韓国が25%関税によって失うと見込まれていた年間輸出額は約125億ドルにすぎない。それに対して、3,500億ドルという、20~30倍にもなる規模の投資を約束したことは合理性を欠くとの指摘である。たとえば米国のシンクタンクである経済政策研究センター(CEPR)は、韓国がGDPの0.7%に相当する輸出損失を回避するために、GDPの約20%に相当する投資MOUを受け入れた構図を問題視している。

プロジェクトごとの交渉が続く「未完の合意」と、いまだ残る不確実性

今回のMOU署名によって、韓米間の交渉が「完了」したわけではない。文書上の総額2,000億ドルは、あくまで「投資可能な上限枠」に過ぎず、実際にどのプロジェクトにいくら投じるかは、今後の個別交渉によって決定される。

MOUによれば、米国商務長官を委員長とする投資委員会が有望な案件を発掘し、韓国産業部長官を委員長とする協議委員会と協議の上、米国大統領に勧告する。米国大統領はその勧告をもとに案件を選定し、韓国側に出資を要請する。この手順が、2029年1月19日まで繰り返される設計となっている。つまり、韓国政府は今後、米側が提示する各案件の妥当性や収益性を一つひとつ検証しつつ、条件の調整や、場合によっては拒否も辞さない長期戦に臨まなければならない。

加えて、政治的な不確実性も看過できない。これまで、トランプ大統領は予測不能な判断や、一方的なディール破棄を繰り返してきた。今後、トランプ政権による政策転換、あるいは2028年大統領選で政権交代が起きれば、今回の合意内容が反故にされるリスクは常に存在する。

そもそも今回のMOUは、法的拘束力の弱い行政協定にすぎず、その実効性は相手方の「誠実な履行」に依存する、いわば紳士協定的な性質を帯びている。しかも、投資約束の不履行時には、米国が関税を再び引き上げることが可能である旨が明記されており、交渉の主導権は基本的に米側にある。

こうした点を踏まえると、韓国も日本のように、もっと迅速に決断を下すべきであったのではないかという悔いが残る。米側の投資要求を完全に避けることは現実的でなく、しかも時間と労力をかけてMOUを締結してもなお不確実性が残るのであれば、「まずゴールポストを25%から15%に移してから戦うべきだったのではないか」との指摘もある。すなわち、日本と同様の15%関税を速やかに確保したうえで、具体的な投資履行については、その後の交渉で詰めるという戦略を採るべきだったということだ。

現実的に、米国との交渉において時間は韓国の味方ではなかったことを考えると、初動段階における戦略の選択については、なお悔しさが残る展開であったと言わざるを得ない。

米国の隠れた意図

交渉の本質を見れば、米国の狙いは、同盟国の資金を活用して、自国の先端産業やインフラを支える巨大な「米国型国富ファンド」を実質的に組成することにある。トランプ大統領は、2025年2月の大統領令14196号で、米国版ソブリン・ウェルス・ファンド構想の検討を指示しており、その延長線上で、ラトニック商務長官も国家経済安全保障基金(NESF)構想を語っている。

巨額の財政赤字を抱える米国にとって、自国の税収のみで十分なファンドを作ることは困難である。このため、米国は日本・韓国・台湾など同盟国からの投資約束を、ファンドの原資として活用しようとしているのである。

実際、米政府によるインテル株式取得の動き、防衛・造船企業への出資構想、さらにはエヌビディアやAMDの対中売上に対する「通行税」的な課税構想なども、戦略産業を中核とするポートフォリオを構築するというNESF構想の文脈で理解することが可能である。

こうした背景のもと、米側が基金の裁量運用に強い意欲を示していることを踏まえれば、今後の個別投資プロジェクトにおける交渉過程において、韓国側の要求を貫徹するのは容易ではないと見込まれる。

投資機会という「両面性」

しかし、今回の韓米合意を一方的な負担としてのみ捉えるのは、バランスを欠いた見方である。米国市場は成長性・収益性ともに高く、特に半導体、AI、宇宙・防衛といった戦略分野では、米政府による積極的な支援と巨大な内需を背景に、高い利益率が実現されている。

たとえば、関連分野における韓国企業の平均純利益率は6%前後にとどまるのに対し、米国トップ企業は15%を超えるとのデータもある。こうした状況を踏まえれば、今回の投資パッケージは単なる「資金の持ち出し」ではなく、高収益分野に深く関与するための「入場料」と捉えることも可能である。すなわち、将来の成長エンジンを確保するための戦略的投資と位置付ける見方である。

実際、日本は5,500億ドルという巨額の投資約束を通じて、米国の中核産業育成に深く関与し、同盟国としての「特別な持ち分」を確保しようとしているようにも見える。

また、あまり知られていないが、APECの期間中に台湾もルビオ国務長官、ベッセント財務長官らと会談を行い、「台湾モデル」の科学団地を米国に造成する構想について協議したとされる。台湾は、先端半導体やAIサーバーなどの主要企業を束ね、これらを「サプライチェーン国家代表チーム」として米国内の産業団地に集団進出させる構想を描いている。加えて、土地・エネルギー・人材・税制・ビザなどの面で、米政府からの支援を引き出すことを目指している。

韓国としても、米国からの要求を単に受動的に受け入れるのではなく、対米進出とリターン回収のルートとして、対米投資枠組みを能動的に活用する発想への転換が求められる。

むすび:新たなスタートラインに立つ経済安保戦略

7月の暫定合意から10月の最終妥結までの過程は、経済安保外交の難しさと、そこから得られる教訓を鮮明に示すものとなった。国内の批判的世論と実利追求とのあいだで交渉が迷走した側面も否めないが、今後は国益の最大化とリスク管理を両立させる実行戦略を練り直す必要がある。

形式上、韓米投資交渉は一区切りを迎えたとはいえ、実際には「ここからが本番」である。「合意は幕ではなく序章にすぎない」という本稿の副題が示すとおり、残された個別プロジェクト交渉や制度設計をいかに捌くかが、韓国にとっての成否を左右することになる。

(c)Apec2025korea via ZUMAPRESS/amanaimages

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