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「国家安全保障戦略2025」にみる連携ネットワークの論理と課題:インド太平洋における負担分担の構図

ポイント

  1. 「NSS2025」は、冷戦後の「リベラル」な国際秩序を主導する覇権国としての米国像を否定する一方で、今後も自らが最強国であり続けるとの決意を明確に示した。
  2. 「NSS2025」は、とりわけ国防の文脈で中国を名指しすることは慎重に避けつつも、同国による「地域支配」を「拒否」する姿勢を打ち出し、「第一列島線」における「戦力バランス」を維持する方針を示した。
  3. トランプ政権が掲げる「負担分担」は、日米二国間にとどまらず、豪州、韓国、フィリピン、欧州諸国との関係を含む、より広範な「ネットワーク」の文脈で議論されるべきである。

「国家安全保障戦略」の歴史観と世界観

2025年12月4日に公表された米トランプ政権の「国家安全保障戦略」(以下、「NSS2025」)は、従来の米国の自己像を真正面から批判する強烈な歴史観に支えられた文書である。「NSS2025」は、冷戦終結後の歴代政権が「世界全体にわたる永続的な米国の支配」を追求してきた結果、「国際制度」の維持・発展や、「われわれの国益と無関係な」紛争への関与によって、米国の国力の基盤たる「中間層」や「産業基盤」が破壊されてきたと厳しく批判する。国際関係論に馴染みの薄い読者にはピンとこないかもしれないが、この認識は、米国と国際秩序に関する研究の泰斗であるG・ジョン・アイケンベリーが概念化した「リベラル」な覇権国としての米国の役割を真っ向から否定するものである。

「リベラル」な覇権国とは、国際通貨基金(IMF)、世界貿易機関(WTO)といった制度を創出・維持しつつ、他の多くの諸国に配慮した形でその強大な軍事力を行使するという、開放的な姿勢を特徴とする国家像であり、冷戦後の米国の強力なパワーを説明する重要な視座としてしばしば用いられてきた。そこでは、自由民主主義の価値観が米国主導の国際秩序の基盤として陰に陽に重視され、その価値観を世界に広めようとする同国の実際の対外姿勢とも整合していた。「NSS2025」は、「アメリカ・ファースト」の名の下、こうした価値や方法はいずれも自らの「国益」の観点から転換すべきものと明言している。

他方、こうした歴史観の表明は、従来の米国の安全保障戦略の原則を全面的に放棄することを意味するものではない(少なくともこの文書を読む限りにおいて)。「NSS2025」は、まさにその冒頭で、「米国が世界で最も強力で、豊かで、力強く、成功した国家として今後何十年にもわたって存在し続けることを保証するため」に本戦略が必要であると宣言している。そして、そのような米国の「力」によって平和が支えられることで、世界の経済的繁栄が確保され、ひいては米国自身の「力」がさらに強化されるという「好循環」が生み出されるとする。

このように、「米国が最も強力な大国であり続ける」という決意と、それが世界の平和と繁栄に資するという信念において、「NSS2025」は歴代の多くの政権とも一定の共通点を持つ世界観を示しているとも言える。ただ、最も強力な大国としての米国がその立場を維持・強化するうえで、「より公正な(fair)」な世界を追求するとする点は、上述の「リベラル」な覇権国像への批判に繋がっている。

インド太平洋を巡る二つの方針

「NSS2025」が体現する上述の歴史観と世界観は、インド太平洋の文脈で二つの方針として具体化されている。

第一に、「NSS2025」は「いかなる単独の競争国家による地域支配」も防ぐと明確に述べつつ、さらに台湾を奪取しようとするいかなる試みも「拒否」するとの立場を示している。とりわけ「第一列島線」において「好ましくない形での戦力バランスの変化」を容認しないとの方針を明確に打ち出している点は注目に値する。これは中国を名指しすることを極力避けながらも、同国による地域支配を認めない姿勢を示したものである。また、中国との経済関係を「真に相互に有益な」ものに改変することなどを通じて、米国のGDPを現在の約30兆ドルから2030年代までに40兆ドルに拡大させるとの野心的な見通しを示したことも、中国に対する対抗意識の表れと読み取れる(もっとも、佐橋亮が指摘する通り、実際の米中交渉が常に米国に有利に展開するとは限らない)。

第二に、中国の「支配」を拒むにあたり、米国自身の取り組みのみならず、日本を含む同盟国による「負担分担(Burden Sharing)」の重要性が強調されている。具体的には、NATOのハーグ・サミットにおいて合意された国防費に関するコミットメント(筆者注:国防費の中核をGDP比3.5%、関連経費を含めて5%とする方針)は、「新たなグローバル・スタンダード」と位置づけられ、米国は自国周辺で「より多くの責任」を担う意思のある同盟国を支援するとの立場を明確にし、特に日本と韓国を名指しして「負担分担」の重要性を強調している。

こうした記述を受け、日本国内でも「NSS2025」は、日本の防衛費をGDP比3.5%まで大幅に引き上げ、日米同盟の「負担分担」や「責任の共有」を進めようとするトランプ政権の期待や圧力を示すものだとする議論が登場している。こうした視点は的外れではないが、以下の二点において、日本およびインド太平洋の同盟諸国に求められる「負担」や「責任」をめぐる理解としては不十分である。

第一に、防衛費の規模や数値目標を論ずることは重要であるが、全体の一部にすぎない。これは日米同盟をめぐる古くて新しいテーマであり、例えば冷戦後期のカーター政権が日本に防衛費増額を迫った際にも、日本側は「総合安全保障」の概念を掲げ、両国間でより広範な安全保障上の役割分担を検討すべきだと主張した。現在、日本政府は防衛安全保障にかかるいわゆる「三文書」を見直しており、防衛費の扱いを含む今後の方針を「自主的」に検討している。数値的な議論の展開は、同盟国が考える国際秩序のイメージ、安全保障上の目標、防衛戦略、防衛体制・態勢を含む広範な文脈の展開も踏まえて見守る必要がある。

第二に、より重要な点は、そもそも「負担分担」や「責任」を日米同盟という二国間の文脈だけで論ずる視座が、すでに日本やインド太平洋諸国の安全保障戦略の現実からますます乖離しつつあるということである。トランプ政権の「NSS2025」自体も「負担分担のネットワーク」という概念を用い、とりわけ「第一列島線」沿いの同盟国・協力国によるそれぞれの取り組みを強化することで、この地域の「海洋安全保障の諸問題を相互関連化」させる方針を強調し、各二国同盟間の個別の文脈を超えた視座からこの問題を捉えている。もっとも、関係国それぞれの努力が自動的に相互関連化されるわけではなく、相互理解や連携、相乗効果を狙った意図的な取り組みがなければ、協力の具体化は困難である。

以上を踏まえれば、日本を含むインド太平洋の同盟国・協力国が担う「負担」や「責任」とは、日米、米豪、米比、米韓といった二国間の文脈のみならず、米国の複数の同盟国・協力国によって構成される「負担分担のネットワーク」をいかに強化・拡大するかという、広範な概念として捉える必要がある。米国や日本においてもこのネットワークの性格に関する政策論や研究が進展してきたが、加速度的に変化する現実に合わせ今後も議論を進化させ続けるべきである。

「負担分担のネットワーク」の展開と課題

ここでいうネットワークとは、日米二国間での取り組みのみならず、日本と韓国、豪州、フィリピンのような第三国間の取り組みもまた、米国の戦略にとって有益なものであり、したがってその推進も日本が担う「負担」や「責任」の一部を構成するという含意をもつ。また、例えば、豪州がさらに他の諸国との連携を深めることも、日米同盟にとって巡り巡って利益をもたらし得ると言う意味で、ネットワークの構成要素とみなすことができよう。

このような「負担分担のネットワーク」の今後の展開を占ううえで重要なポイントの一つは、「NSS2025」が描くネットワーク像と、インド太平洋の同盟国・協力国が推進するネットワークとの間に、一致点と潜在的な不一致点の双方が存在することである。

(一致点:進展する日豪比の連携)

一方で、「第一列島線」沿いの海洋安全保障課題を相互に結びつけて捉えるという発想は、近年とりわけ日本を含むインド太平洋の同盟諸国間で展開されてきた安全保障連携やミニラテラリズムによる取り組みとも付合するものである。その先頭を走るのは日豪関係であり、2022年に発出された日豪新安全保障宣言に基づき、両国は緊急事態を含む連携を視野に、「範囲、目的、形態」に関する協議を進めてきた。協議内容の詳細は公表されていないが、地理的に離れた日豪両国が、それぞれの戦略の相乗効果を明確化し、それを拡大しようとする姿勢がうかがえる。たとえば、豪州はインド洋東部から海洋東南アジア、南太平洋に至る「近隣地域」において、敵対勢力の活動を「拒否」する構えを強めており、その観点から見れば、日本が自国防衛や周辺海空域での現状変更を拒むことは、南方に位置する豪州の戦略にも寄与する。

他方、豪州が自国周辺で敵対勢力の活動を拒否することは、日本が依存するシーレーンの安定的利用や、同地域における米軍の展開にとってもプラスである。このように、日豪の戦略的相乗効果を拡大するべく、近年両国はさまざまな取り組みを重ねており、それ自体が「負担分担のネットワーク」を構成する具体的な要素となっている。

さらに日豪両国は、第一列島線の要衝であるフィリピンとの協力拡大にも取り組んでおり、これが「日米豪比」枠組み、すなわち「スクワッド(Squad)」の発展を促進している。その背景には、この種のミニラテラル枠組みを推進する米国の政策もあるが、日豪比それぞれの独自の取り組みも無視できない。近年フィリピンは、南シナ海のみならず、北部海域、すなわち東シナ海の戦略的重要性についても認識を深めてきたが、そうした意識の変化を促すうえで日本は重要な役割を担ってきた。実際、「スクワッド」による共同文書の多くは、南シナ海と東シナ海の両者を睨んだ協力をうたっている。

こうした言説にとどまらず、「スクワッド」は現在、フィリピンの警戒監視能力の向上と、四カ国間の情報共有の強化を進めており、その一環として、日本からフィリピンへの警戒管制レーダーの移転が進められている。笹川平和財団の研究によれば、特にルソン島北部に位置するレーダーは、南シナ海正面のみならず、東シナ海正面での監視体制の強化や、全体としての冗長性向上にも寄与するとされる。こうした日比協力、そして「スクワッド」の展開は、対米「負担分担のネットワーク」における重要な構成要素となりつつある。

(潜在的な不一致点:朝鮮半島、欧州)

「負担分担のネットワーク」をめぐる日本を含むインド太平洋諸国の取り組みと、「NSS2025」の立論との間には、いくつかの潜在的なギャップも確認できる。その一つが、朝鮮半島をめぐる扱いである。

近年、韓国は台湾海峡の平和と安定の重要性を積極的に強調し、さらに南シナ海における「現状変更への試み」に反対するなど、朝鮮半島外の地域安全保障課題への関心を高めている。公開情報に基づけば、南シナ海において特に対フィリピン関係の強化が具体的に進展しており、たとえば本年5月にフィリピンで実施されたカマンダグ共同演習(日本も参加)への韓国の参画や、フィリピン海軍への艦艇提供などが挙げられる。

他方で、韓国にとって朝鮮半島の安全保障こそが最重要課題であることは論を俟たない。朝鮮半島情勢と第一列島線に関わる海洋安全保障問題は、地理的近接性もあり、分離して論じることはできない。にもかかわらず、「NSS2025」では朝鮮半島および北朝鮮に関する記述は一切登場しなかった。この書きぶりを見る限り、日韓・日米韓の枠組みを通じて朝鮮半島とより広域なインド太平洋地域の安全保障協力をセットで推進してきた日本の認識とも距離があるようにみえる。今後も、朝鮮半島内外の安全保障問題の相互関連性について、日韓を含むインド太平洋諸国とトランプ政権との間で議論が続くものと思われる。

「NSS2025」が明確に言及しなかったもう一つの重要な論点は、欧州の同盟諸国がインド太平洋地域で果たす役割である。「NSS2025」は、西半球、アジア、欧州といった地域をぶつ切りに論じる一方で、それらの相互作用や連関についてはあまり紙幅を割いていない。この点は、欧州諸国のインド太平洋関与を重視する日本、豪州、韓国、フィリピンといった同盟国の取り組みとのあいだに潜在的なギャップがあることを示唆している。

とりわけ2025年には、イギリスやフランスを筆頭とする欧州諸国が空母打撃群のインド太平洋展開を相次いで実現させており、その活動はすでに具体的かつ広範なものとなっている。たとえば、イギリスはAUKUSの枠組みに沿う形で、攻撃型原子力潜水艦の豪州西岸・パースへの展開をすでに実現させており、2027年以降はローテーション展開を通じて関与をさらに強化する予定である。フランスもまた、日本と並んでフィリピン沿岸警備隊の巡視船整備を支援し、さらにフィリピン沖での「海上共同活動」に日米と共に参加するなど、南シナ海における安全保障上のプレゼンスを強化している。

2024年10月に開催された「G7国防大臣会合」の共同声明は、インド太平洋地域を「世界の成長、地政学的発展及び軍事バランスの中心」と位置づけているが、これは同地域に対する欧州諸国の認識にも近年大きな変化が生じていることを示唆している。

今後の論点

以上を踏まえれば、「NSS2025」が提示する「負担分担のネットワーク」のあり方をめぐって、トランプ政権と同盟諸国との間で、今後多角的な議論を展開することが重要な課題となる。もちろん、どのようなネットワークをイメージするかは、日本、米国、そしてインド太平洋内外の同盟諸国のあいだで見解の相違があることは当然である。

日本を含む同盟諸国の視点にたてば、そもそも、こうした多角的連携のネットワークを「負担分担」という一面的な言葉ではなく、対米負担分担の問題に留まらない、より広い「国際秩序」をめぐる議論や連携のためのプラットフォームとして捉えるべき、といった意見もあり得よう。

後者の視座に立てば、例えば、分断・陣営化、米中G2概念といった国際秩序の将来にかかる議論、あるいは本稿が取り扱わなかった地域経済連携協定の諸枠組み、インドや東南アジア諸国といった非同盟国との長期的な連携のあり方も議論の対象として一層重要となる。したがって、多角的な連携ネットワークのあり方や意義、そしてそれが内包する課題について検討を深めることは、日米間のみならず、他の諸国との間でも重要な政策的・学術的テーマとして浮上しているように思われる。

(c)Almay/Amana images