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経済安全保障を企業統治にどう組み込むか :2026年コード改訂から考えるコーポレートガバナンスの新たな論点

ポイント

  1. コーポレートガバナンス・コードに「経済安全保障」という言葉が初めて明記され、その対応がリスク管理だけでなく「収益機会」にもつながり得ることが示された。
  2. 取締役会は、経済安全保障を単なる「チェック項目」として形式的に扱うのではなく、企業を取り巻く外部環境の構造変化として捉え、経営判断への反映を監督することが重要である。
  3. 今後の課題は、経済安全保障への対応を「リスク管理」にとどめず、「企業戦略」や、人材・資金などをどこに振り向けるかという「経営資源配分」へ結びつけることである。

2026年7月、コーポレートガバナンス・コードの三度目となる改訂版が公表された。内容は、過去10年にわたる日本のコーポレートガバナンス改革の成果と課題を踏まえ、改革を次の段階へ進めようとするものであった(この10年余りの成果と課題については、2026年2月25日公開のDCER Business Insight「経済安全保障の時代のコーポレートガバナンス」で論じている)。

本稿では、2026年改訂で初めて明記された経済安全保障に焦点を当て、その意義を整理する。そのうえで、取締役会や社外取締役に何が求められるのか、さらに今後どのような論点を検討すべきかを考えたい。

改訂版コードに「経済安全保障」という文言が加えられた意味

コーポレートガバナンス・コード(以下、コード)は、上場企業の企業統治に関する基本的な原則を示すものである。コードは法的拘束力のある一律の規制ではなく、各社の自律的な対応を促す枠組みである。2015年の策定以来、コードは取締役会のあり方や資本政策、株主・投資家との対話など、企業経営の実務に大きな影響を与えてきた。今回の改訂は、2018年、2021年に続く三度目となる。

今次改訂の主なポイントとしては、資本効率だけでなく、成長投資と経営資源の配分を重視したことが挙げられる。また、原則項目を絞り、各原則の考え方を補足する「解釈指針」を新たに設けることで、細かなルールを一律に課すのではなく、原則に照らして各社が自ら判断する「プリンシプル・ベース」を徹底した。さらに、社外取締役については、経営への助言よりも監督に重点を移した。総じて、形式面の整備から、各社が自社の経営課題に即して実質的に対応することへと軸足を移す改訂と評価できる。

こうした流れの中で、今回初めて「経済安全保障」がコードに明示された。原則4-4(取締役会の役割・責務Ⅲ:経営陣・取締役に対する実効的な監督②)は、取締役会に対し「内部統制や全社的リスク管理体制を適切に整備すべき」としている。全社的リスク管理とは、個別部門だけに任せるのではなく、会社全体で重要なリスクを把握し、対応する仕組みである。

その解釈指針では今回、「サイバーセキュリティリスク、国際的な経済安全保障を巡る環境変化等の地政学的要因によるサプライチェーン途絶リスク及び技術等の情報流出リスクへの対応等」が、リスク管理体制を整備する際の考慮事項となり得ることが示された。さらに、こうした対応が「収益機会にもつながり得る」ことも明記されている。

一見すると、原則そのものではなく、あくまで解釈指針にリスク項目が追加され、「経済安全保障」も外部環境の変化の一例として示されたに過ぎない。しかし、その意義は決して小さくない。

第一に、経済安全保障とコーポレートガバナンスという、異なる文脈から発展してきた二つの議論が公式に接続されたことである。経済安全保障は、国家の独立、安全、繁栄や、他国への過度な依存を避ける「戦略的自律性」といった国家安全保障の文脈に立つ。そのため企業は、短期的な経済合理性だけでは捉えきれない対応を求められることがある。

他方、とくに冷戦後に制度化されたコーポレートガバナンス改革は、資本市場を基盤として、株主・投資家からの評価という市場規律のもとで企業価値をいかに高めるかを主眼に発展してきた。両者は、これまで異なる論理と語彙で語られてきた。

経済安全保障がコードに明示されたことは、国家間競争や安全保障環境の変化が、企業統治の外部にある特殊な問題ではなく、企業価値や経営判断そのものを左右する要素となったことを象徴している。

第二に、経済安全保障が、広義のサステナビリティや社会課題としてではなく、取締役会が監督すべき全社的リスク管理の文脈に位置づけられた点である。重要技術やデータを把握しているか、サプライチェーンに過度な依存はないか、輸出管理・制裁・投資規制などの変化を経営判断に反映しているか、といった点が問われる。また、有事の際の代替調達や事業継続も含め、外部環境に対する経営陣の認識と、それに基づく判断やリスク管理体制を監督することは、取締役会の重要な責務となる。

第三に、経済安全保障への対応を「リスク管理」にとどめず、「収益機会」にも接続したことである。たとえば、サプライチェーンの多元化や代替技術への投資には短期的なコストがともなうが、その一方で供給の安定性を高めることができる。重要技術やデータを適切に保護することも、競争優位につながり得る。

つまり、経済安全保障への対応を、規制に対応するためのコストとしてだけ捉えるのではなく、将来の事業機会や競争力にも関連するものとして捉える視点が、コードにも示されたのである。

今回の改訂では、会社から独立した立場にある独立社外取締役について、経営への助言以上に、重要な意思決定を通じた「監督」が中核的な役割として明確に位置づけられた。経済安全保障が企業経営に直接影響する以上、社外取締役には、外部環境の構造変化が自社に何を意味するのかを捉え、経営陣(執行側)から提示された前提を問い直す役割が求められる。

そのうえで、安全保障、サプライチェーン、技術流出、評判・信用(レピュテーション)など、短期的な収益性や資本効率だけでは捉えきれない要因を、中長期的な企業価値の観点から監督する必要がある。ただし、「監督機能の強化」が「経営陣の萎縮」につながってはならない。成長に必要なリスクを取ることを支えるのも社外取締役の役割であり、それにふさわしい知見や経験、選任基準や研修のあり方も問われる。

経済安全保障の観点から考える、コードの「次の一歩」

経済安全保障がコードに盛り込まれた意義は大きいが、コード全体を見渡せば、その位置づけはなお全社的リスク管理における考慮事項の一つにとどまっている。改訂が確定したばかりの現段階では、まず企業実務にどのように定着していくかを見極める必要がある。そのうえで、今回の改訂を出発点として、次回改訂までに検討を深めるべき論点もある。

一つ目は、企業を取り巻くステークホルダー(利害関係者)としての政府の位置付けである。コードはコーポレートガバナンスを、上場会社が「株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場」を踏まえて意思決定を行う仕組みと定義している。基本原則2でも、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会などを挙げるが、政府は明示していない。

しかし今日、政府・行政機関は、規制主体であるだけでなく、補助金、政府調達、輸出管理、投資審査、経済制裁、産業・技術政策などを通じ、企業の戦略に直接影響を及ぼす主体となっている。実際、内閣官房の「日本成長戦略会議・新戦略策定のための資産運用立国推進分科会」に提出された経団連資料「持続的な成長に向けたコーポレートガバナンスのあり方」でも、政府は企業や投資家を取り巻く「ガバナンスのエコシステム」、すなわち企業統治を支える関係主体の一つとして明示されている。

こうした現実を踏まえれば、企業と政府・行政機関その他の公的主体との関係を、コード上でもより明示的に扱う余地がある。政府・行政機関は企業活動に重要な影響を与えるだけでなく、企業活動から影響を受ける主体でもある。企業と政府との関係が経営戦略や企業価値に直接影響する時代だからこそ、こうした公的主体との関係を将来的に明記することも、検討課題となり得る。

二つ目は、「外部環境の変化」そのものを、取締役会による監督の前提として、より明確に位置づけることである。現行原則4-4が求める全社的リスク管理の前提には、当然、自社を取り巻く外部環境の認識がある。

しかし、大きな変動期には、過去の成功体験や既存の前提に引きずられ、構造変化を捉え損なうこともある。将来的には、たとえば「会社を取り巻く外部環境の重要な変化を適切に把握・評価し、先を見越した全社的リスク管理体制を整備する」という考え方を、原則または解釈指針に示すことも考えられる。

三つ目は、経済安全保障をリスク管理から企業戦略へどう接続するかである。原則4-1(取締役会の役割・責務Ⅰ:企業戦略等の大きな方向付け)では、企業戦略の大きな方向付けに加え、成長投資、経営資源配分、事業ポートフォリオなどが、取締役会の役割として位置づけられている。解釈指針でも、国内外への投資や知的財産への投資を含む多様な投資機会を認識することが求められている。

他方、経済安全保障は、現行コードでは主として全社的リスク管理の文脈に位置づけられており、企業戦略との接続はまだ明示的ではない。しかし現在の経済安全保障とは、生産拠点や参入市場の選択、重要技術の保有・管理、提携先の選定、重要資源の調達先、研究開発拠点の配置など、事業ポートフォリオと経営資源配分そのものに関わる問題でもある。

したがって、将来のコード改訂では、特定の事項を固定的に書き込むのではなく、経営戦略や事業ポートフォリオを検討する際、地政学的環境、経済安全保障政策、サプライチェーンの強靱性、重要技術や知的財産の保護などが、自社の競争優位や事業機会にどのような影響を及ぼすかを、各社にとっての重要性に応じて考慮するという考え方を示す余地がある。

原則4-4は、経済安全保障への対応が「収益機会にもつながり得る」と、すでに一歩を踏み出している。この考え方をリスク管理にとどめず、企業戦略や成長投資に接続できるかが、次の論点となる。

経済安全保障を新たな「チェック項目」にしないために

安全保障上の要請が重要性を増す中で問われるのは、それを企業の外から課される制約として捉えるのではなく、自社を取り巻く環境の構造変化として捉える姿勢である。そのうえ、リスク管理、企業戦略、経営資源配分、中長期的な企業価値へと結びつけていく必要がある。

コード自体も、各原則の実施方法は、「会社を取り巻く環境等」によって異なるとしている。経済安全保障をめぐる環境変化は、コーポレートガバナンスがそうした構造変化をどこまで捉え、経営に反映できるのかを問う試金石でもある。

必要なのは、経済安全保障という新たなチェック項目の一つとして加え、形式的に対応することではない。2026年改訂は、経済安全保障を企業戦略の一部として捉え直し、企業統治のあり方を考えるための第一歩である。

*本稿の内容は筆者の個人的見解であり、所属組織を含め、いかなる組織の見解を表すものではありません。

出典:「日本経済団体連合会との懇談会」(首相官邸ホームページ)を加工して作成

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