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「シリーズ 投資家目線で問い直す経済安全保障」(1)

AI・半導体に101兆円、発電関連に15兆円:日本は「勝ち筋」を自ら削っていないか——高市政権「17の戦略分野」への投資家からの提言

ポイント

  1. 政府が示した戦略17分野の官民投資ロードマップでは、AI・半導体に101.6兆円の投資が見込まれる一方、発電関連の投資は15.2兆円にとどまる。両者は単純比較できないが、AIデータセンターや半導体工場の稼働に必要な電力を十分に確保できるのか、という問いが残る。
  2. 問題は電力の「量」だけではない。AIデータセンターや半導体工場も、日本が高い競争力を持つ素材・部材産業も、高品質な電力を必要とする。AI・半導体投資によって電力需給が逼迫すれば、素材・部材産業の競争条件を悪化させる可能性がある。
  3. 17分野を絞り込めなかった背景には、利権の問題ではなく、上限のない予算要求プロセスという制度設計の問題がある。また、民間投資家と異なり、政府には損切りの痛みを引き受ける単一の主体が存在しない。だからこそ、「柔軟な見直し」を実効性あるものにするには、縮小・撤退の期限と基準をあらかじめ制度に組み込む必要がある。

勝ち筋を自ら削っていないか

政府が示した「戦略17分野」の官民投資ロードマップでは、AI・半導体に101.6兆円とある。AIデータセンターや半導体工場の拡大には、大量の電力が要る。だが、同じロードマップから発電に直接関連する投資を拾うと15.2兆円にとどまる。両者は単純比較できない。それでも、これだけのAI・半導体投資を進めながら、必要な電力を十分に確保できるのかという問いは残る。

私はこれを、負けている分野に厚く、勝っている分野に薄いという「配分の偏り」だとは考えない。より構造的な問題がある。AI・半導体への大規模投資が電力需要を押し上げると、日本がすでに強みを持つ産業の競争条件を悪化させかねない。いわば、厚い方が薄い方を食う構造になっている。

AIデータセンターも半導体工場も大量の電力を消費する。電力供給の量と質の確保が投資拡大に追いつかなければ、電力価格の上昇や安定供給への負荷につながる。そのとき負担を強いられるのは、磁石、半導体材料、超高純度化学品など、日本が高い国際競争力を持つ領域だ。これらの製造にも、大量かつ高品質な電力が不可欠であり、工程によっては一瞬の電圧低下が製品不良につながる。

AI・半導体を育てようとする投資が、電力をめぐる競合を通じて、日本がすでに持つ競争優位を削る。本稿が問題にするのは、この構造である。このまま進めば、日本は先端分野で十分に追いつけないまま、既存の競争優位まで損なうおそれがある。

本稿では、17分野の投資配分を「電力」という共通の制約から検証する。なぜこの投資配分になったのか。そして、どこを変えるべきか。

捨てられないのは、利権のせいではない

戦略とは、何を捨てるかを決めることだ。これは経営の常識である。その物差しを当てれば、17分野・62品目という政府の選定は、いかにも総花的に映る。では、なぜ絞り込めなかったのか。原因を政治的な利益配分に求める見方は多いが、私はそこに制度的な要因が見落とされていると考える。利益配分の問題として説明すれば、処方箋は政治改革になる。しかし制度にも原因があるなら、必要なのは、予算プロセスの設計変更というはるかに地味な作業である。

政府の関連資料には、新設される投資枠について、要求上限(いわゆるシーリング)を設けることなく、必要額を適切に要求できる仕組みとする、とある。シーリングとは、各省庁の予算要求額にあらかじめ課す上限のことだ。「捨てる」という行為は、原資が有限なときにしか発生しない。上限がなければ、要求する側があえて予算を絞り込む合理的な理由は生まれにくい。17という数は、誰かの政治力の産物というより、上限のない要求プロセスから自然に導かれた帰結ではないか、というのが私の見立てである。

政府の名誉のために書いておく。政府自身も、投資誘発効果の薄い予算は柔軟に見直していくとしている。方向性は正しい。問題は、その「柔軟な見直し」が、どの指標が、いつ、どの水準に達しなければ縮小・撤退するのかという具体的な基準に、まだ落とし込まれていないことだ。批判すべきは政府の意志ではなく、制度設計の欠落である。

では、予算をどう組み替えるべきか。基準は「日本が勝っているかどうか」ではない。その1兆円の追加投資が、結果をどこまで変えられるかである。たとえば最先端ロジック半導体の勝敗は、製造装置の調達可能性とスケール、顧客基盤で決まり、日本の財政支援だけで動かせる幅には限界がある。一方、電力の量と質、そして素材の供給能力は、政策の打ち手で明確に動く。

電力は分野ではなく、分母である

冒頭で示したとおり、17分野のうち最大の投資先はAI・半導体の101.6兆円である。一方、発電を含む資源・エネルギー安全保障・GX分野は全体でも28.8兆円にとどまる。これは、「クラウド・データセンター、蓄電池」一項目の32.7兆円を下回る。しかも、28.8兆円のすべてが発電に向かうわけではない。

内訳をみると、グリーン鉄4.2兆円とGXケミカル3.2兆円は需要側の脱炭素投資であり、水素6.2兆円も用途は発電に限られない。発電に直接関連するのは、洋上風力5.1兆円、次世代革新炉5.0兆円、次世代型太陽電池4.1兆円、次世代型地熱1.0兆円の合計15.2兆円である。

もちろん、AI・半導体の101.6兆円と発電関連の15.2兆円は、対象も性質も異なっており、単純に比較して電力投資が「足りない」と結論づけることはできない。しかし、今後、電力需要そのものが大きく増える可能性があることは政府も想定している。2040年度の電力需要見通しは0.9〜1.1兆kWhであり、上振れすれば、2022年度の約0.9兆kWhから年間約2,000億kWh増える計算になる。AIデータセンターや半導体工場への大規模投資を進める以上、それを支える電力供給を同時に確保できるのかという問いは避けて通れない。

ただし、ここで問われるのは電力の量だけではない。必要な電力を安定した品質で供給できるかも重要になる。

問われるのは、量だけではない——電力をめぐる四つの条件

企業の立地競争力を左右する電力条件は、単純な発電量だけでは捉えられない。ここでは四つに分けて考えたい。第一は、止まらないか。停電の回数と時間、復旧の速さである。第二は、揺れないか。落雷などで一瞬だけ電圧が下がる「瞬時電圧低下」や、電圧・周波数変動の小ささである。第三は、つなげるか。大口需要家が、必要な時期に必要な容量で系統に接続できるかである。第四は、いくらで使えるか。電力単価と系統利用料、調整力にかかる費用である。

AIデータセンターは、この四つすべてを要求する。大規模なAI処理は負荷変動が激しく、短時間に電力需要が大きく変動するため、平均消費電力だけでなく、瞬間の変化にどこまで電力システムが対応できるかが問われる。年間の発電量が帳尻として足りていても、必要な場所で、必要な時期に、必要な容量と品質の電力を受け取れなければ意味がない。

発電関連投資15.2兆円のうち、洋上風力と次世代型太陽電池は9.2兆円と約6割を占める。問題は、変動電源への投資が多いこと自体ではない。その拡大にあわせて、蓄電池、同期調相機(電圧と周波数を安定させる回転機)、系統用インバータ、調整力、基幹送電網、長期のバックアップ電源をどこまで整備するかである。問うべきは、こうした電力の安定供給を支える設備への投資が、同じロードマップのなかで十分かつ明示的に位置づけられているかどうかである。

高品質な電力は、日本がすでに持つ競争資産である

ここで見落とされているものがある。日本の年間停電時間は、大規模災害の年を除けば平均約20分で、国際的に最も短い水準にある。米国の主要地域では、100分を超える年も珍しくない。政府と電力広域的運営推進機関は、この停電回数・時間を電力の品質を測る指標として公表している。

これは数十年にわたる設備投資と運用技術の蓄積であり、他国が短期間で模倣できるものではない。データセンターの立地競争で、日本は用地コストや電力価格の面で必ずしも勝てない。だからこそ、電力が止まらないこと、揺れないことを立地上の競争力として活用する余地がある。

だが、二つの穴がある。第一に、公表されている指標は、先に挙げた四つの電力条件のうち停電時間など「止まらないか」に偏っており、瞬時電圧低下や周波数の安定性、そして大口需要家の接続可能性については、同等の分かりやすい目標が示されていない。AIデータセンターと素材・部材産業にとって重要なのは、停電の少なさだけでなく、こうした電力品質や接続可能性でもある。

第二に、質は放っておいて維持されるものではない。変動電源の比率が上がり、同期発電機など従来型の回転機が減少すれば、周波数や電圧を安定させるための追加的な対策が必要になる。今の「約20分」は、過去の投資の遺産であって、将来を保証するものではない。

負けている分野への投資が、勝っている分野の堀を削る

そして決定的なのは、同じ「質」を必要としているのが、日本が現に高い競争力を持つ製造業だという点である。

日本の優位は、完成品ではなく、高いシェアを握る製造工程や素材・部材の特定領域にある。成長戦略のロードマップでも、永久磁石について、「特定国以外で高性能磁石の供給能力を有するのは事実上我が国のみ」との現状認識を明記している。

半導体でも同様だ。日本は最先端ロジック半導体では大きく後退したが、経済産業省の「半導体・デジタル産業戦略」は、製造装置で米国に次ぐ約3割、主要な部素材ではシェアの約半分を日本企業が占め、供給網に不可欠な存在だと整理している。ただし同戦略の最新版は、装置の一部領域で日本のシェアが縮小しつつあることも指摘している。優位は、固定されたものではない。

日本の素材・部材産業の競争力を、電力品質だけで説明することはできない。技術の蓄積も、顧客との関係も大きい。だが、安定した高品質の電力は、超高純度化学品や半導体材料の製造、あるいは精密加工など、電圧変動や瞬時停電の影響を受けやすい産業にとって、企業の努力だけでは十分に確保できない基盤条件である。製造工程によっては、一瞬の電圧低下が製造ラインの停止や製品不良につながる。

つまり、AIデータセンターと素材・部材産業は、高品質な電力という同じインプットをめぐって競合しうる。AI・半導体分野への大規模な投資がデータセンターと半導体工場の立地を促せば、それだけ電力需要は増える。電力供給や送電網の整備が需要に追いつかなければ、電力価格の上昇と安定供給への負荷を通じて、既存の製造業にも影響が及びうる。冒頭に述べた構図は、電力という具体的な回路を通って作動するのである。

公平を期すなら、マテリアル分野が無視されているわけではない。前記のロードマップでは、半導体回路向け高機能金属で2030年に世界シェア8割といった目標も置かれている。ただし、それらは実績ではなく将来目標だ。それでも、問いは残る。なぜ素材については「8割」と書けて、半導体については失地回復が同様の市場シェア目標として語られないのか。8割という具体的な数値目標を掲げられる背景には、既存の技術基盤への一定の評価があるはずだ。裏返せば、目標値の置き方そのものが、政府の確信度を映しているようにも見える。

守るべきは、競争優位を支える条件である

想定される反論に答えておきたい。素材は高収益で民間投資が回っているのだから、公的資金は民間が入りにくい先端分野、すなわちAI・半導体に配るのが合理的だ、という主張である。

この指摘には一理ある。だから私は、「素材にもっと補助金を」とは言わない。日本が持つ見えにくい競争優位を支えるのは、補助金そのものではなく、質の高い電力、適切な輸出管理、そして厚みのある技術者層である。いずれも企業の努力だけでは十分に確保できない基盤であり、だからこそ政策の打ち手が効く。

電力への投資は、日本が強みを持つ素材・部材産業などのチョークポイント産業への投資でもある。エネルギーと製造業は二つの提案ではない。一体として設計すべき一つの戦略である。

変えるべきは三点

以上を踏まえると、17分野への投資は、個別分野への配分だけでなく、共通する制約条件と見直しのルールまで含めて設計する必要がある。具体的には、三点を見直すべきだ。

第一に、電力を「分野」から「分母」に格上げし、量と質を分けて積む。発電関連投資の規模を改めて検証するとともに、変動電源の拡大と、蓄電池・同期調相機・調整力・基幹送電網の整備を、同じロードマップのなかで対応づけて示す。基幹送電網については、広域連系系統のマスタープランがすでに長期の整備規模を示しており、こうした送電網への投資も戦略投資として明示的に位置づけるべきだ。

第二に、電力の質を国家的な競争資産として明示的に管理する。停電時間だけでなく、瞬時電圧低下の頻度、周波数の安定性、そして大口需要家の接続待ち期間を、AIデータセンターの立地と素材・部材産業の競争力を左右する指標として位置づけ、目標値を掲げる。日本は、安い電力だけでは勝てない。ならば、質に対価を払う市場を選ぶべきだ。

第三に、「柔軟な見直し」を、具体的な基準に落とす。各品目について、どの指標が、いつまでに、どの水準に達しなければ縮小・撤退するのかを、着手時点で明文化する。損切りの水準は、ポジションを取る前にしか決められない。取ったあとでは、判断はどうしても甘くなる。

最後に、本稿の主張を改めて整理したい。問題は、競争力で劣る分野に投資することではない。その投資によって、日本がすでに持つ競争優位まで削ってしまうことである。

磁石も、半導体材料も、超高純度化学品も、補助金だけでは守れない。守るのは、止まらず揺れない電力であり、輸出管理であり、現場を担う技術者の層である。いずれも、企業の努力だけでは十分に確保できない。だからこそ、政府が果たすべき役割がある。

370兆円という数字は、覚悟の表明としては評価できる。だが、ポートフォリオとしては、まだ十分に設計されていない。撤退基準のない投資枠は、投資戦略というより予算要求のための器になりかねない。政府にとって撤退判断が難しいのは、政治家の資質のせいではない。民間投資家と異なり、政府には「損切りの痛み」を直接引き受ける単一の主体が存在しないからだ。だからこそ、その弱点を制度設計で補う必要がある。そこまで設計しない限り、次の政権は18分野の戦略投資計画をつくることになるだろう。

出典:「日本成長戦略会議」(首相官邸ホームページ)を加工して作成

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