ポイント
- AIロボティクス戦略は競争軸を「統合力・運用力」へ移すと明記した。見立ては正しい。問題は、それが前提としている市場の形にある。
- 米国は7月28日、生産地を基準に外国製移動ロボットの新機種認証を封じた。原産地基準の指定はドローン、ルーターに続く3件目である。
- 国内で動かしても、データの帰属を調達段階で決めなければ記憶は残らない。指標を台数から記憶へ、いま書き換えるべきである。
政府は、正しい軸を見ている
はじめに断っておく。政府の見立ては外れていない。
3月26日に取りまとめられたAIロボティクス戦略は、競争の重心が計算資源とWebデータの「規模」から、現場データを取り込みながら実装後も改善を回し続ける「統合力・運用力」へ移りつつあると明記した。導入台数を増やすだけでなく、現場データと運用ノウハウを蓄積し、評価・検証を経てモデル改善へ還流させる循環を築くことを掲げている。重点分野は当初16。その後6月30日に、経済産業省が改訂版を公表し、飲食・食品製造と医療を加えて18分野とするとともに、2040年までに約1,000万台という導入台数目標を掲げた。分野別の実装ロードマップでは、実機データの流出防止として閉域網の活用、アクセス制御、保存・移転管理にも言及がある。
「現場データこそが資産だ」「国内実装を先行させよ」——この主張は、すでに国の文書に書かれている。本稿がそれを繰り返す意味はない。
問うべきは、その先である。この戦略は、どの市場を前提に書かれたか。
線は、企業ではなく生産地に引かれた
米連邦通信委員会(FCC)は7月28日、外国で生産された「先端ロボット機器」と、ネットワークに接続する外国製の電力インバーターを「対象リスト」に追加した。人型、四足歩行、自律移動ロボットなど、地上を移動し、センサー、ネットワーク接続機能、制御ソフトウェアを備える一定要件の機体が対象となる。該当する新機種は原則としてFCCの機器認証を取得できず、米国内での輸入も販売もできない。7月28日より前に認証を受けた既存モデルにさかのぼる適用はない。例外として条件付き承認の道はあるが、ロボットについては戦争省(旧国防総省)の単独審査である。インバーターやドローンで認められている国土安全保障省の関与は、ロボットにはない。
決定的なのは、基準が企業の国籍ではなく生産地に置かれたことである。判定には連邦調達規則の国内最終製品基準が用いられ、米国内での製造に加え、国内部品コストが総部品コストの65%を超えることが求められる。日本企業であるかどうかは問われない。日本で作ったかどうかが問われる。
線が引かれた層も見ておきたい。フィジカルAIを経済安全保障で捉えるなら、対象を三つの層に分けたほうがいい。部品層は減速機、モーター、センサー、軸受、パワー半導体。制御層は基本ソフトウェア、運動制御、視覚と力覚の統合、安全制御、遠隔更新。実装層は作業フロー、例外処理、保守履歴、失敗事例、そして運用データである。
米国が線を引いたのは、第二層と第三層の入口だ。日本が強いのは第一層である。この非対称が、以下の話のすべてを規定する。
これは、時系列の不運ではない
ここで「戦略は3月、規制は7月。すれ違いは仕方がない」と整理したくなる。私も一度はそう書いた。だが、事実がそれを許さない。
原産地を基準としたカテゴリ丸ごとの指定は、今回がはじめてではない。2025年12月のドローン、2026年3月23日の家庭用ルーターに続く、8か月足らずで3件目である。ドローンは戦略取りまとめの3か月以上前。ルーターは3日前だ。ルーターの見落としは責められない。ドローンは違う。
さらに重い事実がある。戦略は、その後に改定されている。6月30日、分野を16から18へ広げ、2040年に約1,000万台という数字まで新たに掲げた。この時点で、原産地基準という米国のテンプレートは二度使われ、公開情報として誰でも読める状態にあった。手を入れる機会はあった。入れたのは分野の数と台数目標であり、市場の前提ではなかった。
私はこれを、担当者の怠慢だとは思わない。日本の政策文書は、需要側の分野を足すことは得意で、需要が立つ市場そのものの輪郭を疑うことは苦手だ。分野を増やせば関係省庁と業界団体が増え、合意の面積が広がる。前提を疑えば、合意はいったん壊れる。壊す作業を誰も引き受けないまま、書類は分厚くなっていく。私が国会にいた頃から、この構造は一ミリも変わっていない。
前提その一——国内で作り、世界へ売る
戦略の第一の目標は、2040年までに世界市場の3割超を確保し、20兆円規模を獲得することである。供給側の施策も、多用途ロボットの国産メーカーを育て、開発から量産、保守までを国内に構築することを軸に据えている。
だが、最大の先進国市場は、日本で生産された移動型ロボットの新機種に対して閉じた。日本政府は国内で作れと言い、米国市場は国内で作るなと言う。両立の道は三つしかない。米国内で6割超を作るか、条件付き承認を取りにいくか、米国以外を売り先と定めるかである。
そこで政府にまず求めたいのは、対策ではなく開示だ。20兆円のうち、対米輸出をいくら見込んでいたのか。ほぼゼロだと答えるなら、目標は最初から国内と非米国市場で組まれていたことになり、支援すべき投資の重心はそちらへ寄る。相当額を見込んでいたなら、目標は引き直しである。どちらとも言わずに数字だけを残すことが、企業の投資判断にとって最も有害だ。
付言すれば、日本勢の対米出荷は現状ごくわずかである可能性が高い。だとすれば、失われたのは売上ではなく将来の選択肢だ。選択肢の喪失は、決算にも貿易統計にも一円として現れない。数字が悪化しないから警報が鳴らない。警報が鳴らないから、前提が書き換えられない。日本が過去に何度も経験してきたのは、この静かな種類の後退である。撤退を決めた記憶がないのに、気づけば市場がない。
前提その二——部品層は安全である
産業用ロボットで、日本企業はなお強い。ただしシェアの読み方には注意が要る。よく引かれる「世界シェア約7割」はNEDO調査に基づく2022年の金額ベース(65.9%)を丸めた数字であり、台数ベースとは異なる。
強みの実体は駆動系にある。ナブテスコは中大型産業用ロボットの関節に使われる精密減速機で2022年時点の世界シェア約60%を占め、ハーモニック・ドライブ・システムズも波動歯車装置で重要な地位にある。私はこうしたポジションを「見えない独占」と呼んできた。最終製品に社名は現れないが、供給が止まれば生産ラインが止まる。日本が持つ、最も静かで最も強い切り札である。
この層は7月の線引きの外側にある。だが「外側だから安全」とは言えない。理由は二つ。
第一に、線を引く場所は動く。FCCは今回の指定の6日前、7月22日に、対象リスト掲載事業者が製造したロジック搭載部品を組み込んだ機器の認証を禁じる規則を採択している。日本の減速機はいま対象ではない。しかし、部品側へ線が動きうることは、すでに実演された。加えて、判定基準が部品コスト比率である以上、部品層は算術としてすでに線の内側にいる。米国で組み立てるロボットに日本製の高価な減速機を積むほど、外国コンテンツ比率は上がる。部品が優秀で高価であるほど、顧客のロボットが弾かれる。
第二に、独占は世代を跨がない。従来の減速機に求められたのは高い剛性と精度、長期の耐久性だった。工場に固定され、予測可能な環境で同じ動作を何百万回と繰り返すための仕様である。関節数の多いヒューマノイドでは、そこに軽量性、トルク密度、効率、人と共存する安全性が加わり、重みの配分が変わる。ナブテスコは2026年7月、協働ロボットとヒューマノイド向けに小型の精密減速機2製品を追加すると発表した。長年「関節」を握ってきた当事者自身が、ヒューマノイドを「これから入る市場」と位置づけている。
日本勢は動いてはいる。日刊工業新聞によれば、ハーモニック・ドライブ・システムズは2024年度からの3年間で275億円の設備投資を計画し、うち約3分の1をヒューマノイド向けに配分したという。問われているのは方向ではなく、規模と速度だ。ジェトロによれば、中国工業情報化部の柯吉欣副部長は7月、同国の人型ロボット生産が2025年の約2万台から2026年上半期には4万台を超え、通年で10万台を上回る見通しだと述べた。当局側の推計であり、出荷の相当部分は研究・実証・展示向けだろう。それでも、年に10万台を作る側と数千台の側とでは、不具合から学ぶ回数が桁で違う。品質で先行しているうちに量で抜かれる。同じ負け方を、私たちは何度見てきたか。
前提その三——実装すれば、記憶は残る
まず、FCCの措置の読み方から。これをヒューマノイドを作れない米国の愚策と見る向きがあるが、私はそう見ない。
FCCが挙げた理由は、接続された外国製の移動ロボットが米国内で集める作業環境や操作の記録の流出リスクである。産業政策としてデータを囲うとは述べていない。だが結果として、米国内の現場で生まれるデータが外国の供給者へ流れる経路は狭くなる。時期も効いている。据付が進む前に線を引くほうが、進んだあとに剥がすより安い。米国は、通信網から特定国製機器を撤去するために事業者への補償制度を設けざるを得なかった経験を持つ。早いから愚かなのではなく、早いから安いのだ。米国が今回失うのは、得るはずだった記憶ではない。自国の導入速度である。
むろん成功は保証されていない。需要側を守っても供給側の能力が育つとは限らない。小型ドローンに先例がある。特定国製を締め出したあとも代替品はコストで追いつけず、米国の現場は高い機体を使うか自動化を諦めるかを迫られた。
翻って日本である。外国製の機体も使いながら国内で動かし、記憶を貯める。この道筋自体は戦略がすでに描いている。先進国で最も深刻な労働供給制約は、フィジカルAIの文脈では世界最大級の実装需要でもある。私たちの弱点が、この一点においてだけは資産になる。
書かれていないのは、貯まった記憶が誰のものになるか、である。
戦略が扱っているのはデータの「セキュリティ」だ。閉域網、アクセス制御、保存・移転管理。いずれも国外流出を防ぐ設計である。だが、データを国内に置くことと、日本側が所有できることは別の問題だ。運用の記録は、契約で明示しなければ、使った企業の資産として自動的に残るわけではない。メーカー、クラウド提供者、遠隔保守事業者、システムを組んだ会社。誰がどこまで取得し、二次利用や学習利用、国外移転をどこまで行えるのか。それは調達の段階で決まる。何も決めずに導入すれば、記憶は動かした側ではなく、記録を握る側に貯まる。国内に置かれていても、である。
必要なのは、公的な補助と調達の条件に、記録の取得仕様とデータ帰属をあらかじめ書き込むこと。標準契約のひな型を国が示すことだ。
ただし、この一行はタダではない。データ帰属を要件化すれば、メーカーは学習用データという最大の対価を失う。価格に跳ね返るか、日本市場への投入が後回しになる。それでも書くべきだと言うなら、上振れ分を誰が負担するのかまで設計しなければ、ひな型は現場で握り潰される。中国の工業情報化部と国務院国有資産監督管理委員会が6月8日、人型ロボットの実地訓練に関する特別行動を共同発表し、狙いに高品質な実機データの蓄積を明記したのも、同じ判断の裏返しだろう。
なお、本稿の前提が崩れるとすれば、ここからである。シミュレーション、公開データセット、合成データの進展が実機データの多くを代替するようになれば、土俵は再び計算資源とモデルに戻る。それでもなお、現場固有の対象物、作業手順、例外処理、失敗の記録を含む長期の運用データは、完全には代替しにくい。
実装を止めているのは、技術ではなく報酬設計である
そして、この勝ち筋を、日本は自ら塞いでもいる。
戦略は介護を重点分野に入れた。だが報酬体系には触れていない。施設系サービスの介護報酬は要介護度などに応じて決まるため、効率化しても収入は増えない。人員配置基準が職員数の下限を定めるため、省人化を人件費削減に直結させることも難しい。2024年度改定で生産性向上推進体制加算が新設され、算定のインセンティブは段階的に強まっている。だが動いたのは加算の側である。基本報酬が要介護度連動のまま残る限り、省人化の成果が収入に結びつかない構造は変わらない。台数も、記憶も、ここで止まる。
日本最大の実装需要を数字にできるかどうかは、ロボットの性能ではなく、報酬の設計にかかっている。
握り続けるとは、更新することである
付言しておきたいことがある。生成AIの事故は情報が漏れることだが、ロボットの事故は物が動くことだ。誤作動やサイバー攻撃による制御喪失は、暴走や停止という物理的な結果を生む。守る範囲は本体にとどまらず、遠隔保守、ID管理、ネットワーク、ソフトウェア更新、供給網に広がる。FCCの懸念も、この範囲を指している。情報セキュリティとは別に、制御を奪われた場合の停止手順を設計しなければならない。
政府がやるべきことは二つ。第一に、20兆円という目標の前提を、原産地基準が定着した市場で引き直し、内訳を開示すること。第二に、実装の物差しを台数から記憶に変えることだ。戦略はデータ還流の循環を掲げたが、指標は導入台数に寄っている。安全に完遂した作業の時間と回数、再利用可能な形で取得できたデータ量、1作業あたりの総コストと事故率。この三つを国の指標に据え、補助と調達の要件に帰属条項を差し込む。
日本は関節を握った。だがそれは、産業用ロボットという一つの世代における勝利である。米国はすでに、次の世代にあたる層に線を引いた。3月に描いた勝ち筋は正しかった。6月に改定する機会もあった。それでも、前提だけが動かないまま残っている。
握り続けるために必要なのは、部品をより精密にすることだけではない。その部品が動く現場を国内に厚く持ち、そこで生まれる「記憶」を、契約の一行によって自らの資産にすることだ。独占は、守るものではなく、更新するものである。
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