ポイント
- 9月の習近平国家主席訪米は具体的成果が乏しかったと評価されているが、米中双方は対話を継続すること自体が有する危機管理上の意義を重視している可能性がある。
- 「トゥキディディスの罠」の例えを好む習近平氏は、台頭する中国と衰退する米国との覇権国の交代を強く意識しており、習氏の世界観が我々の見ている世界と大きく異なる可能性に留意が必要である。
- トランプ大統領の「台湾独立」に対する批判的態度は、中国を安堵させる一方、台湾の利益が犠牲にされたり、「トランプは台湾を守らない」との過信を中国に与えたりすることで、台湾有事リスクをかえって高めるおそれもある。
トゥキディディスの罠:習近平国家主席の世界観
9月23日から25日に国賓待遇で訪米した習近平・中国国家主席は、5月の北京での米中首脳会談に続き、再び米中両国が「トゥキディディスの罠」を超克することは可能だと強調した。トゥキディディスの罠とは新興国と覇権国の間では戦争が起こりやすいというグレアム・アリソンの警句であるが、習近平氏が好んで用いる「東昇西降」(東の中国が台頭し、西洋諸国が衰退する)という時代認識と一体として理解することで、中国が間もなく米国を追い抜き世界の覇権国になるのだという同氏の世界観が浮き彫りとなる。習近平氏の訪米は、トランプ大統領夫妻による空港での出迎えに始まるなど、同大統領のビジネスマンとしての本領が最大限に発揮された「接待外交」とも言える様相であった。「偉大な国を率いる偉大なリーダー」として厚遇された習近平氏は、米中友好ムードを満喫しつつも、中国が米国と並び立つ大国になったという「100年に1度」の国際秩序の変化を改めて確信したことであろう。
表面的な友好ムードとは裏腹に、中国の対米認識は基本的にネガティブなものである。中国にとって米国とは、正しくない戦後国際秩序を作ってきた覇権国であり、中国の内政に粗暴に干渉してきた最大の脅威である。習近平氏が訪米直前に上海協力機構プラス首脳会議とBRICS首脳会議で行ったスピーチは、米国を名指しこそしていなかったものの、内政不干渉、国際法遵守、主権の平等性、紛争の平和的解決、ダブル・スタンダードの排除、グローバル・サウスの結束などを訴える内容であり、米国覇権主義への露骨な挑戦状であった。
このような中国のナラティブの欺瞞性を指摘するのは簡単だが、それを信じる人たちが多いことは、我々にとって「不都合な真実」かもしれない。2026年7月に実施されたPew Research Centerの調査では、36か国中26か国で中国への好感度が米国を上回り、24か国で習近平主席の方がトランプ大統領より「信頼できる」との回答が多数を占めた。そこにはドイツ、イギリス、フランス、カナダ、オーストラリアなども含まれている。また、Chicago Councilの調査によれば、米国国民の対中観も過去2年間に大幅に改善してきている。対中感情において、日本と台湾は国際社会の少数派となりつつあるのだ。
米中両国は、合わせて世界のGDPの42%を占め、共に国連安保理常任理事国であり、いずれも世界最強レベルの軍事大国である。中国経済の失速は顕著だが、監視と恐怖政治によって政治・社会の安定は維持できており、国際世論の対中感情も改善してきている。これに対してトランプ大統領は、何をしでかすか分からない怖さがあるものの、中間選挙を控えるなか、支持率が低迷し、中東の戦争を終わらせることもできず右往左往している。習近平氏が見ている世界は、我々に見えている景色と大きく異なっているかもしれない。台湾問題への中国の対応を考える時、そのことを決して忘れてはいけない。
習近平訪米の成果
かつてトランプ政権の国務長官顧問を務めたマイルズ・ユー(余茂春)氏は、今回の首脳会談の主要議題を貿易(Trade)、台湾(Taiwan)、イラン(Tehran)、科学技術(Technology)の「4つのT」に、「第5のT」として休戦(Truce)が加わったと整理している。具体的成果としては、貿易戦争の「休戦」2か月延長、300億ドル相当の相互関税引き下げ、米国産石炭の輸入、米中貿易委員会の運用開始、米中AI対話及びホットラインの立ち上げ、パンダのリースなどがあるが、イランについては5月のトランプ訪中時と同じ表現にとどまり、台湾問題に関する合意事項も発表されなかった。儀礼的な厚遇ぶりに比して具体的成果に乏しいというのが、日米台における大方の評価であろう。
他方、米国側が米中露軍備管理交渉を提起し、中国側が米中両軍危機管理コミュニケーション覚書協議の加速を積極的に発表したように、伝統的な安全保障分野での危機管理協力が両国首脳間で再び議論されるようになったことは、一定の示唆を含んでいる。
両首脳は11月の深圳APEC、12月のマイアミG20での再会を約束しており、今回は全4回シリーズの第2ラウンドにすぎない。第3、4ラウンドで台湾問題を含む大きなディールが実現する可能性は排除されないが、ルビオ国務長官は、深刻な意見の相違があるからこそ中国に関与し、対話すること自体が米国政府の責任だと述べている。すなわち、トランプ政権の対中マネジメントは、ディールによる利益の最大化より、危機の回避・管理に重点を置くようになってきているように見える。これはバイデン前政権の「ガードレール論」に共通する考え方であり、米中双方は対話継続自体が持つ危機管理上のメリットに首脳会談の意義を見出している可能性がある。この点は、米中関係が台湾に与える影響を考える上で極めて重要な視点となる。
台湾問題へのインプリケーション
習近平主席は米国側に「台湾独立反対という正しい立場を堅持」するよう求めたが、両政府の発表文書に台湾の記述はなく、トランプ大統領も「習近平主席は私の考えをとてもよく理解している」と語ったのみであった。トランプ大統領は5月の訪中直後、台湾独立の推進によって9,500マイル離れた台湾海峡で米国が戦争することは望まない、台湾向け軍備供与は良い対中交渉材料だといった趣旨の発言をしている。「台湾独立不支持」は確かに歴代米国政権の一貫した立場であるし、台湾有事に際して米国がいかに行動するかについての「戦略的あいまいさ」はかろうじて維持されているが、米国大統領が「台湾独立」にここまで否定的な反応を示したのは、陳水扁政権期のブッシュ大統領以来である。
一方の中国側は、5月の米中首脳会談を通じ、トランプ大統領は台湾独立の抑止に利益を見出しているとの心証を抱いた可能性が高い。同月の会談直後に王毅外交部長が「米国側は台湾が独立に向かうのを支持せず、受け入れないと感じた」と述べたこと、今回、習近平氏が「台湾独立反対」をトランプ大統領の考えであるかのように語ったこと、そして中国の複数の重鎮級台湾研究者が5月のトランプ発言を「台湾独立への反対というニュアンスを含む」と評価していることがその根拠である。今回の会談で台湾問題に多くの時間が割かれなかったのは、5月に形成された共通認識を確認すれば十分と中国側が判断したためであろう。
トランプ政権幹部は「米国の台湾政策は変わっていない」と強調するが、トランプ大統領の発言ぶりだけでなく、実際の台湾政策にも微妙な変化が表れている。対台湾軍備供与パッケージの承認は先送りされ、頼清徳総統の米国本土トランジットも2年半近く実現していない。少なくともG20までは中国を刺激する言動を控える忖度が働きやすく、10月10日の国慶節で予定されている頼清徳総統のスピーチも、ニュアンスを一つ間違えれば米台離間に利用されかねない。深圳APEC首脳会議では、恒例の米台バイ会談が見送られる可能性があり、こうした米国の姿勢は我が国の「戦略三文書」改訂作業にも間接的な影響を与えるだろう。
トランプ政権の台湾政策の危うさは、「台湾独立」という概念に共通の定義がなく、中国側が解釈権を握っていることにある。たとえば中国は2022年8月の米国ナンシー・ペロシ下院議長(当時)の訪台を「台湾独立勢力への誤ったシグナル」と批判して大規模演習を行ったが、実際のところ、「台湾独立」とペロシ議長訪台の間に論理的な関連性はない。同様に、頼清徳総統がマイアミとニューヨークのいずれでトランジットするかという問題と「台湾独立」実現の可否にも因果関係はない。結局のところ、中国側がどこまでならば受け入れられるかが、「台湾独立」という概念の外周を規定しているのである。日本政府が近年「台湾独立不支持」などの発言を控えているのは、中国側に拡大解釈の余地を与えないためであろう。これに対し、言葉の厳密な定義に関心がないトランプ大統領は、中国側のナラティブに流されやすく、中国側が軍備供与や台湾側の言動を「台湾独立」を助長するものと批判すれば、軍備供与を先送りし、台湾側に譲歩を求める可能性もある。
習近平指導部は、武力行使のリスクとコストの大きさにかんがみ、時間をかけてでも平和的統一を目指す可能性が高いが、米国大統領の台湾防衛の意志の強さは、その判断を左右する極めて重要な要素である。「トランプ大統領は中国との戦争を避けようとするはずだが、次の大統領ではその限りでない」と習近平氏が判断すれば、トランプ政権の間に台湾問題を解決しようと考える可能性は排除されない。習近平氏の健康問題が重なれば、リスクは更に高まる。米中関係の安定は、習近平氏に心理的余裕を与え、その軽挙妄動を抑止する効果を発揮するかもしれないが、一つ間違えると習近平氏が「トランプは台湾を守らない」との心証を強め、かえって台湾有事リスクを高める可能性もある。この点、訪米直前に高市総理大臣と茂木外務大臣が米国政府に釘を刺しておいたことは高く評価されるべきである。
トランプ大統領は会談の翌日、米中間で「とんでもないことが起きるだろう」とSNSで予言した。習近平氏が「東昇西降」と「米中G2」への自信を深める中、「台湾独立」を抑止することが米中間の危機管理の要諦として位置付けられ、かつ、何を「台湾独立」の動きと認定するかの解釈権を中国側が握るならば、米中関係の第6の“T”(Tremendous Things:とんでもないこと)は、台湾にとって決して望ましい事態とは言えない。今回の習近平訪米が「大山鳴動して鼠一匹」であったとしても、まだまだ油断は禁物であり、台湾と日本の外交力が試されている。
(c) Official White House Photo by Daniel Torok

