ポイント
- 日本政府は戦略的自律性と不可欠性を確保すべく、官民連携のもと、2040年度までに17の戦略分野を中心に370兆円超の国内投資を推進する方針を打ち出した。しかし、そこには見落とされがちな前提がある。サプライチェーンを支える労働力を、国内で十分に確保できるかという問題である。
- 人手不足は、建設、製造現場、自動化を担う高度技術人材まで、複数の職種にまたがる多重の制約として現れている。加えて、人口減少が進む地方では、工場用地を安く確保できても、各種地域インフラの維持コストが将来上昇し、その利点が相殺される可能性もある。
- こうした労働制約を踏まえれば、短期的には、国内生産を目指す重要物資を戦略的に絞り込み、その他の物資についてはフレンドショアリング、代替物質の開発、備蓄などを組み合わせた「ポリシーミックス」がいっそう重要となる。中長期的には、自動化・省力化投資と人への投資を一体的に進めていく必要がある。
「国内回帰」への期待と、見落とされがちな前提
地政学リスクの高まりやパンデミックによって重要物資の供給途絶リスクが顕在化したことを受け、サプライチェーンの強靭化は、日本の経済安全保障政策における重点施策の一つとなった。2022年に成立した経済安全保障推進法でも、特定重要物資を指定し、そのサプライチェーンを強靭化するための制度的基盤が整備されている。
こうした強靭化にあたっての政策手段としては、(1)重要物資の生産拠点を国内に回帰させる「ホームショアリング」を含む国内生産の拡大に向けた各種支援、(2)生産拠点を同志国に移転・分散させる「フレンドショアリング」、(3)代替物質の研究開発支援、(4)リサイクル技術の研究開発支援、(5)備蓄などが挙げられる。なかでも、現政権がもっとも力を入れているのが、国内生産能力の拡大である。実際、7月21日に閣議決定された「日本成長戦略」においても、日本の自律性と不可欠性を確保すべく、官民連携のもと、2040年度までに17の戦略分野を中心に370兆円超の国内投資を推進する方針が打ち出されている。企業側でも、現地生産コストの上昇や円安などを背景に、海外進出企業の約2割が生産拠点の国内回帰を検討しているとの調査結果がある。
一方、補助金等によって国内投資を促せば、生産拠点が国内に回帰し、国内生産量も拡大するという見方には盲点がある。工場の建設、操業、維持に必要な労働力を、国内で十分に確保できるのかという問題である。日本では人口減少を背景に、幅広い職種で深刻な人手不足が進行している。さらに、そうした状況下で補助金により国内投資を急激に拡大すれば、資材費や人件費の高騰を招き、期待される国内生産の拡大効果を減殺する可能性もある。以下、順に見ていきたい。
工場を建てて動かす人手が足りない
第一に、工場建設を担う建設業界の人手不足である。2026年6月時点の職種別有効求人倍率(除パート)をみると、全職種平均の1.13倍に対し、建設・採掘従事者は5.49倍、建築・土木・測量などの技能技術者は6.24倍に達している(図1参照)。こうした人手不足も影響し、2025年末に実施された別の調査では、大手・中堅の建設会社の約7割が「2026年度内は大型工事を新規受注できない」と回答している。
図1:職種別 有効求人倍率(2026年6月)
出所:厚生労働省「職業安定業務統計」より作成。
第二に、工場を新設できたとしても、製造現場の人材確保は容易ではない。生産工程従事者の有効求人倍率も1.72倍に達しており、人手不足が顕在化している。また、こうした人材の需給ギャップは、今後さらに広がる公算が大きい。公立高校工業科の卒業生に対する求人倍率は2025年に過去最高の31.9倍に達した一方、2026年度の公立高校入試では、39の都道府県において工業科の志願倍率が1倍を下回った。同年度から私立高校の授業料も所得制限なく実質無償化されたことから、受験生が私立の普通科などに流れたことも一因との指摘もある。
また、工場は、大都市よりも用地を確保しやすい大都市の周辺部や地方に立地することが多い。ところが、こうした地域ほど人手不足は深刻である。たとえば2025年の地域別有効求人倍率(受理地ベース、全職種平均)を確認すると、南関東の1.15倍に対して北関東は1.21倍、最も高い北陸では1.58倍であった(図2参照)。
図2:地域別 有効求人倍率(2025年)
出所:厚生労働省「職業安定業務統計」より作成。
工場の自動化を支える高度技術人材も足りない
第三に、製造現場の人手不足を補う手段として期待される「工場の自動化・省人化」も、その実装を担う高度技術人材を必要とする。しかし、そうした人材もまた深刻な不足に直面している。
売上高50億円以上の企業を対象として2023年に実施されたアンケート調査によると、ロボットを導入済み、あるいは導入したい企業は7割を超えるものの、課題として「ロボットに精通する人材の不足」を挙げる企業が半数を占めた。また、2040年までにAI・ロボット等の利活用を担う人材が、製造業だけでも125万人不足するという推計もある。足元でも、製造技術者(開発)の有効求人倍率は全国平均で2.24倍、県別に見ると、たとえば前述した北陸地方の石川県では5.29倍にまで跳ね上がる。
このような地域差は、先行研究の結果とも整合的である。ドイツのデータを用いた研究では、大都市ほど求人も人材も多く、企業と働き手の双方にとって選択肢が豊富であるため、生産性の高い企業と高度人材とのマッチングが効率的に行われていることが示されている。生産性の高い企業ほど高い賃金を払う余力があるため、マッチングが効率的な大都市では、高度人材は自らの実力に見合った高い賃金を得やすくなる。一方、地方では、都市の規模がもたらすこうした利点を享受しにくく、高度技術人材の確保が一段と難しくなっている可能性がある。
人口減少という、より長期的な制約
第四に、長期的な視点にたてば、地方における人口減少そのものが、企業の工場立地を制約する要因となりうる。工場立地にあたっては、「人材が持続的に確保できる土地であること」や「エッセンシャル・サービスが持続的に提供される地域であること」が重要な条件として指摘されている。工場用地を安く確保できても、今後、人口減少により公共交通や上下水道、病院などのインフラ維持に不安がある地域では、人材調達コストや事業継続コストが長期的に上昇するリスクがある。立地コストの低さという利点が、将来のコスト上昇によって相殺される可能性があるのだ。
一方、長期的に人材を確保しやすく、製造業が集積する都市部に近いエリアでは、インフラの整った産業団地の空きが少なく、また、新たな工業用地の確保も難しいとの指摘もある。つまり、「用地確保のしやすさ」と「人材確保のしやすさ」は、多くの場合トレード・オフの関係にあると言える。
もっとも、熊本における台湾TSMC(台湾積体電路製造)の誘致は成功事例と言えるかもしれない。同社の工場が立地する大津町と菊陽町では、2020-2024年の人口増加率が2%を超え、2023-2024年の地価上昇率も30%を超えている。しかし、両町は、人口約73万人を擁し、都市インフラも整った政令指定都市・熊本市に近接している。加えて、もともと半導体産業の基盤が蓄積された地域でもあった。これほど恵まれた立地条件を満たす地域は、日本国内でも極めて限られているのが実情である。
外国人材の受け入れ拡大—その効果と課題
最後に、労働力不足への対応策として位置づけられる外国人材の受け入れについて考えたい。政府は2024年、外国人材の受け入れ拡大を進めるべく、技能実習制度を発展的に解消し、人材の育成と確保を目的とする「育成就労制度」へ移行する方針を打ち出した。これを受け、現政権は2026年1月、特定技能制度と育成就労制度を合わせた外国人材の受入れ見込数を、2028年度末までに約123万人とする方針を決定した。同方針によると、上述した建設分野では約20万人、工業製品製造業では約32万人を受け入れるとされており、深刻な人手不足に直面する分野を一定規模で補う計画である。
一方、新制度によって、人手不足に直面する産業や地域に必要な人材が適切なタイミングで供給されるかは、今後の検証を要する。とりわけ、近年の円安により、外国人労働者にとって日本で働くことによる賃金面での魅力は失われつつある。諸外国との人材獲得競争における日本の優位性が低下するなか、受け入れ枠の拡大が実際の人材確保に直結するとは限らない。また、外国人材の受け入れ拡大に伴う地域社会との共生も、重要な政策課題である。2026年2月に実施された衆議院選挙でも、外国人政策は主要な争点の一つとなった。今後も、外国人材の受け入れをめぐる政治的議論は続く可能性が高い。
労働制約がもたらす代償
生産量の拡大には、労働投入と、設備投資を通じた資本の蓄積が不可欠である。しかし、ここまで見てきたように、必要な労働者を確保し、工場やインフラを迅速に建設することは容易ではない。この「人手不足の多重苦」が、国内生産量の拡大における深刻なボトルネックとなることが懸念される。
人手不足が解消されないまま政府が補助金を急激に拡大し、企業が一斉に国内投資に動けば、限られた人材や建設会社を各社が奪い合い、賃金や建設費のさらなる上昇を招く可能性がある。企業は中長期的な採算を見込んで投資を判断するため、コスト上昇が過大になれば、投資を見送る企業も出てくるだろう。逆に、長期的なリターンが見込める分野では、補助金がコスト上昇分の一部を補い、投資判断を後押しする効果も期待できる。しかし、労働供給の制約が解消されない限り、想定どおりの国内生産量拡大効果が得られない可能性も否めない。
もっとも、こうしたマクロ的な賃金や建設費の上昇を、実質賃金の押し上げや生産性の低い企業の退出をもたらす「望ましい構造調整」を促進する要因として、肯定的に評価する立場もありうる。しかし、経済安全保障の文脈で求められているのは、地政学リスクの高まりという時間的制約の下でのサプライチェーン強靭化である。市場メカニズムだけに委ねた穏やかな構造調整を待つ余裕に乏しい場合もあろう。しかも、市場による淘汰は生産性の高低に応じて進むため、経済安全保障上重要な企業まで一緒に淘汰される危険性すらある。
突き詰めて考えれば、日本のサプライチェーン強靭化と戦略的自律性・不可欠性の確保に、「労働力」という要素は欠かせない。しかし、この労働力こそ、これまで見過ごされてきた、看過できない本質的な脆弱性と言える。
政策的含意—労働制約を前提とした処方箋
本稿の含意は明確である。人手不足を短期間で解消する特効薬が存在しない以上、補助金による生産拠点の国内回帰や国内生産量の拡大は、少なくとも当面、労働制約によってその効果が一部減殺される可能性がある。したがって、重要物資のサプライチェーン強靭化のための施策は、こうした労働制約を前提に、次の三点を軸として設計する必要がある。
第一に、短期的には、国内生産の拡大を目指す重要物資を戦略的に絞り込み、同志国との連携(フレンドショアリング)、備蓄、代替品開発といった他の手段と組み合わせる「ポリシーミックス」が不可欠である。人手不足の抜本的な解消が容易でないからこそ、国内生産の拡大のために政策資源を投入する対象を戦略的に選別する必要がある。
第二に、外国人材の受け入れも有力な選択肢ではあるが、円安による賃金面での魅力低下や政治的制約を踏まえれば、これに過度に依存した計画は避けるべきである。生産拠点の国内回帰への期待が高まった一因である円安が、皮肉にも、その実現を阻む労働制約を一段と厳しいものにしている。
第三に、中長期的には、自動化・省力化投資への支援強化が人手不足を構造的に緩和するための施策の柱となっていくだろう。ただし、前述のとおり、その実装自体が高度技術人材という別の希少資源を要するため、短期的な効果は限定的とならざるを得ない。中長期においても、自動化が真価を発揮するためには、結局この人的制約そのものを乗り越える必要がある。したがって、理工系人材の育成やリ・スキリングを含む人への投資、さらには金銭的インセンティブを通じた成長産業への労働移動の後押しを、自動化投資と一体的に進めていく必要がある。
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