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「ホルムズ危機と中東秩序の行方——エネルギー、安全保障、地域秩序の構造変化」(3)

中東米軍基地と報復リスク−湾岸諸国が直面する同盟のジレンマ

米軍基地の存在は、ホスト国に安全をもたらすのか否か。連載第3回となる本稿では、この問いを軸に安全保障の視点から今回の危機を読み解く。サウジアラビア在住の専門家、玉木直季氏が現地の視点から論じる。

ポイント

  1. 湾岸諸国に置かれた米軍基地は、長く地域秩序を支える抑止力として機能してきた。しかし今回の危機では、抑止のための基地が、同時に報復リスクを引き受ける場所にもなりうることが明らかになった。
  2. 基地のホスト国は、米国の軍事判断に必ずしも関与できない。それにもかかわらず、危機の影響は自国の領土、都市、空港、港湾、エネルギー施設に及ぶ。この非対称性が、同盟のジレンマである。
  3. 米国とイランの間では、核査察、制裁緩和、ホルムズ海峡の航行再開、レバノン情勢などが協議対象となっている。これは緊張緩和の兆しであると同時に、ホスト国の安全保障が迎撃ミサイルだけでなく外交交渉の行方にも左右されることを示している。

世界へのショーケース

今回の危機は、軍事、エネルギー、供給網、都市の信認、米国の関与のあり方まで、中東秩序の多層的な断面を露わにした。本稿で注目するのは、米軍基地を置く国が有事には報復の標的になりうるという現実である。このリスクが、世界の目の前で可視化された。

米国がイランに対して軍事行動を取る。イランは米国本土を直接攻撃するより、近く、脆い標的を探す。そこで浮かび上がったのが、チョークポイントであるホルムズ海峡、そして湾岸諸国に置かれた米軍基地であった。基地そのものが攻撃されなくても、周辺の空港、エネルギー施設、港湾、都市インフラが緊張にさらされる。ドローンやミサイルの時代には、基地の周辺も戦場になりうる。

より脆い標的を探すという構図は、今回初めて現れたものではない。1980年代のイラン・イラク戦争では、正規軍同士の消耗戦と並行して、ペルシャ湾のタンカーや港湾施設が攻撃対象となる「タンカー戦争」が起きた。イランは正面からの艦隊決戦を避け、機雷、小型艇、対艦ミサイル、臨検、航行妨害を組み合わせることで、相手の補給線、保険料、心理に圧力をかけた。現在のミサイル、ドローン、サイバー、GPS妨害は、技術こそ変わったが、海峡を戦場化し、相手の意思決定コストを上げるという点では、この系譜にある。

ここで注目すべきは、米国自身の戦略的な方向性との重なりである。米国はここ数年、海外の軍事プレゼンスの維持コストを公然と問い直してきた。同盟国に応分の負担を求め、駐留の前提そのものを交渉の俎上に載せた。結果として、ホスト国側に「米軍に頼り続けることのコスト」を再考させる状況が生まれた。押しつけではなく、現実がホスト国を動かす。米国が自ら撤退の選択をせずとも、ホスト国が米軍依存のあり方を見直し始める。

「守る」から「売る」へ:米国の関与の変容

そしてこの構図は、米国にとって都合よく機能する。兵士を引き上げ、リスクはホスト国に残しながら、兵器と訓練は売り、情報と技術標準は握り続ける。米国の物理的なプレゼンスが薄れるほど、ホスト国の自前の防衛需要は高まり、米国への依存は別の回路で持続する。「守る」から「売る」へ。米国の中東関与は終わるのではなく、姿を変える。

その予兆は、すでに現れていた。2019年9月、サウジ東部州の中核的な石油施設が攻撃され一時的にサウジ原油生産の約半分が止まった。米国はサウジ防空を補強したが、2021年にはサウジを含む中東各地からパトリオット迎撃システムや関連部隊を撤収した。危機対応で増強し、戦略転換で引く。この振れ幅は、米国の関与縮小が声明ではなく装備と人員の動きとして実行されていたことを示している。

数字で見ると、変化は明確である。イラク戦争期の2007年には連合軍兵力が約17万人に達し、アフガニスタンでも2011年前後に米軍は約10万人規模となった。それに対し、2023年10月のイスラエル・ハマス戦争後の緊張下でも中東全体の米軍は4万人超とされ2025年6月のイラン情勢緊迫時点でも同程度にとどまった。大規模占領から限定的な前方展開と遠隔抑止へ。米国の姿勢は変わっている。

一方で、装備の需要は消えない。サウジやUAEはフーシ派によるミサイル・ドローン攻撃にたびたび直面してきた。湾岸諸国のミサイル防衛需要が高まるなか、米国は2022年にサウジ向けパトリオット関連装備の配備を承認し、その規模は約30億ドルに上る。今回の危機でも、迎撃弾の消耗と在庫不足が改めて意識された。パトリオットは高価で、短期間に大量消費される。イランやその影響下にある勢力は、安価なドローンやミサイルを大量に放つことで、高価な迎撃ミサイルを消耗させる戦術を取る。兵士を引き上げ装備を売る。その戦略が、有事にいかに急速に消費されるかも、今回は世界に示された。

基地を置く国の論理

では、なぜ湾岸諸国は米軍基地を置いてきたのか。その内実は、国によって大きく異なる。米国のバハレーンへの軍事的関与は、戦後の英国後退とともに深まった。現在の米第5艦隊はバハレーンを拠点とし、ペルシャ湾、紅海、アラビア海、インド洋西部を管轄する。サウジで1938年に発見された油田がこの地域の戦略的価値を高め、そこに冷戦、英国撤退後の権力の空白、1990年のイラクによるクウェート侵攻が重なった。

カタールは、米軍の大規模空軍基地アル・ウデイドを擁しながら、天然ガスを国家経済の柱としてきた小国でもある。北部ガス田と輸出拠点ラスラファンは、カタールに財政的余力と外交的存在感を与えてきた。同時に、カタールは米イラン間の対話、人質交渉、ハマスとの仲介にも関わってきた。軍事的には米国の前線に位置しながら、外交的にはすべての当事者と対話を維持する。この二重の立場は、カタールが意図して選んだというより、小国が大国間の競争を生き抜くために行き着いた形である。

オマーンはさらに独自の立場を持つ。かつてペルシャ湾とインド洋をまたぐ海洋帝国として栄えたこの国は、スンニでもシーアでもないイバード派を国是とする。この宗派的な中立性と歴史的な自立心が、オマーン外交の底流にある。米軍基地を自国領土に置かず、長年にわたって米イラン間の水面下の対話の場を提供し、2015年のイラン核合意に至る秘密協議でも仲介の一翼を担った。基地を持たないからこそ、仲介者たりえる。

サウジは最も複雑な位置にある。メッカとメディナを擁し、「二聖モスクの守護者」という宗教的権威を正統性の根幹に置くサウジは、異教徒の軍隊を恒常的な「基地」として公式に受け入れることに強い制約を抱えてきた。湾岸戦争後の大規模な米軍駐留は国内の宗教的批判を招き、2003年以降、米軍の主力拠点はカタールの空軍基地、アル・ウデイドへ移った。それ以降のサウジにおける米軍プレゼンスは、恒常的な大規模基地というより、空軍基地への一時展開や防空・訓練協力という形を取ってきた。形式は、実態と同じくらい重要である。サウジにとって米国との安全保障関係は不可欠だが、それをいかに国内の宗教的正統性と両立させるかは、常に政治課題であり続けた。

2023年の中国の仲介による国交回復以降、サウジはイランとの関係安定化も模索してきた。ムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MBS)が追求するのは、米国との関係を維持しながら複数の大国を競わせ、自国の自律性を最大化する戦略である。トランプ政権が一期目・二期目ともに最初の中東歴訪先としてサウジを選んだことは象徴的だ。それでもサウジは、米国だけに安全保障を委ねない。その両立こそが、現在のサウジ外交の本質である。

ホスト国が背負う非対称性

問題の核心は、ホスト国が米国の軍事判断を制御できないことにある。米国がどのタイミングで攻撃し、どこまでエスカレーションを許容し、どこで停戦に向かうのか。湾岸諸国は協議に加わるが、最終決定権はワシントンにある。

それでも、報復はホスト国に来る。ミサイルはワシントンに届かなくても、湾岸諸国の主要都市やサウジ東部州には届く。攻撃されるのは米軍基地だけではない。航空会社、港湾、工業団地、学校、病院、住宅地が、同じ空の下にある。ここに同盟の非対称性がある。

この構造は、湾岸だけの話ではない。2003年のイラク戦争では、NATO同盟国であるトルコが米軍の基地使用を議会決議で否決し、フランスとドイツは参戦に反対した。スペインも2004年にイラク派遣部隊の撤退を決めた。欧州には中東と地中海を隔てた距離があり、民主的な議会があり、反戦世論が制度として表出できた。「貸さない」という選択が欧州では政治的コストで済むとすれば、湾岸諸国では安全保障上の賭けになる。距離と制度の有無が、同じジレンマの深さをまったく異なるものにする。

米国とイランは、軍事的な勝敗だけでは危機を収束させられないことを互いに理解している。核査察、制裁緩和、ホルムズ海峡の航行、レバノンでの衝突拡大の抑制は、いずれもホスト国の安全保障に直結する。湾岸諸国にとって重要なのは米軍の抑止力だけではない。危機が起きた後に、誰が仲介し、どこで止め、どの航路を再開させるのか。抑止と外交は、同じ安全保障の両面をなしている。

防空で消えない不安——信認というインフラ

防空システムがあれば安心できるかといえば、そうではない。湾岸諸国は世界でも有数の防空体制を整えてきた。それでもミサイルとドローンのすべてを止めることはできない。一発でも着弾すれば投資家の心理は変わる。空港が数時間止まれば物流は乱れる。保険料が上がれば商社やメーカーの採算は変わる。学校が休校になれば駐在員の家族は帰国を考える。防空は被害を減らすが、不安を消すわけではない。

ここに、湾岸諸国の成長モデルの脆さがある。アブダビは原油、ドバイは貿易・金融・観光、ドーハは天然ガスを足場に、それぞれ人と資本を呼び込む都市として成長してきた。稼ぎ方は違うが、三都市が共通して売っているのは資源だけではない。安全、利便性、税制、英語環境、国際空港、金融、スポーツ、教育−−その競争優位の核心は「安心して集まれる場所」という信認にある。この信認は道路や港湾と同じく、一種のインフラである。物理的なインフラは破壊されても修復できる。信認は、傷つくのに時間はかからないが、回復には長い時間がかかる。今回の危機は、着弾の有無にかかわらず、湾岸都市のブランドにリスクプレミアムとして蓄積される。

米軍基地はかつてこの信認を支える柱だった。しかし今回の危機を経て、「米軍がいるから狙われる」という認識が「米軍がいるから安全だ」という認識と並立するようになった。安全保障をDIME−−外交(Diplomacy)、情報・影響力(Information / Influence)、軍事(Military)、経済(Economic)−−の組み合わせで捉えれば、湾岸諸国がいま何をしているかが見えてくる。仲介で敵を減らし、情報・影響力で関心を引き寄せ、防空で被害を抑え、経済で都市の信認を守ろうとしているのだ。日本では安全保障というと軍事に議論が偏りがちだが、実際の危機管理はそれだけでは動かない。基地リスクへの対応は、もはや軍事だけの問題ではない。

同盟を生きるということ

湾岸諸国は、米国との関係を断とうとしているわけではない。しかし、米軍基地を置くことで報復の標的になる構造からは抜け出したいと考え始めている。基地は減らしたい、だが兵器・訓練・情報へのアクセスは残したい。その矛盾を埋めるべく、湾岸諸国はDIMEを組み替えようとしている。米軍を駐留させることで安全を買う時代から、米軍の影を薄めながら危機を管理する時代へ。

その文脈で注目されるのが、サウジが中東諸国とイランの間で不可侵条約を結ぶ構想を関係国と協議し始めたと伝えられていることだ。米国の軍事力を活用しながら、その米国が関与した戦争の後始末をイランとの直接対話で進めようとする。米国離れではなく、米軍基地のリスクを認識したうえで地域の安全保障を自分たちの手元に引き戻す動きである。その先に見えるのが、次回論じる中東秩序の構造転換、すなわち多重対立から「管理された競争」への収斂である。

同盟は、守られる側に安心だけをもたらすわけではない。守る側の判断が、ホスト国の空港、港湾、都市、企業活動に波及することもある。湾岸諸国がいま直面しているのは、その非対称性である。そしてそれは、在日米軍基地を抱え、エネルギー供給を中東に深く依存する日本にとっても、決して遠い問いではない。

*本稿の内容は筆者の個人的見解であり、所属組織を含め、いかなる組織の見解を表すものではありません。

(c)Alamy Stock Photo/amanaimages

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