ポイント
- ホルムズ危機の背後には、世界の海と地域秩序を一手に支える覇権国から、自国の資源・産業・市場を重視する国家へと重心を移す、米国自身の「非米化」という構造変化がある。
- 中東における多重対立の多くは、少なくとも表向きには大きく整理されてきた。重要なのは、対立の消滅ではなく、当事者同士が直接ぶつからずに済む回路が増えていることである。ただし、イランとイスラエルの対立という中東最大の火種は、なお十分に管理されていない。
- 中東諸国は米国を切り捨てるのではなく、上海協力機構やBRICS+への関与、海上防衛協力などを通じて外交・安全保障上の選択肢を増やし、「地域の課題は地域で引き受ける」体制への移行を進めている。この動きは、グローバル化を支えた米国自身が内側へ重心を戻すなかで、今後ほかの地域でも生じうる秩序変化を考えるうえで示唆的である。
本連載の第1回で見たサウジの地理的優位性、第2回で取り上げた日本の供給網の脆弱性、第3回で検討した米軍基地ホスト国が直面するジレンマ。これらを俯瞰すると、ホルムズ危機は、米国が中東秩序を支える従来の構造の揺らぎと、地域諸国の自律性の高まりを映し出している。
米国が世界の海と地域秩序を一手に支えるという前提が揺らぐなか、中東諸国は米国を捨てるのではなく、米国だけに安全保障を委ねる時代から脱しようとしている。上海協力機構(SCO)やBRICS+への関与、相互不可侵構想、海上防衛協力は、外交・安全保障上の選択肢を増やす動きである。
各国がエネルギー、食料、港湾、金融、安全保障に関する戦略を再定義せざるをえない時代にあって、中東で進む「多重対立から管理された競争」への移行は、今後ほかの地域でも生じうる秩序変化の先行事例となる可能性がある。
米国が内側へ戻るとき
冷戦後の米国は、世界の海を押さえ、エネルギーの流れを守り、同盟国に安全保障を提供するシーパワーとして振る舞ってきた。しかしシェール革命以降、米国は中東へのエネルギー依存を大きく下げ、今日、世界最大の石油・天然ガス生産国となった。米エネルギー情報局(EIA)によれば、米国は2019年以降、エネルギー全体で純輸出国となっている。農業面でも米国は世界有数の輸出大国である。エネルギーと食料を自国で賄える国にとって、遠い海を守る戦略的な必要性は以前ほど自明ではなくなった。
大きな流れで見れば、中東諸国が米国との距離感を見直すより先に、米国自身が世界への関与のあり方を変え始めていた。いわば、米国自身の脱グローバル化、あるいは「非米化」である。ここでいう「非米化」とは、国際公共財の供給を担う覇権国から、米国大陸を中心に自国の資源、産業、国境、市場を守る国家としての米国への重心移動を意味する。MAGA(Make America Great Again)という言葉は、その変化を端的に表している。
戦後、世界でもっとも強力なシーパワーだった米国が、米大陸に重心を戻し始めたとき、もっとも大きな影響を受けるのは、ランドパワーとシーパワーが接する周縁部である。すなわち、中東、黒海沿岸、東地中海、紅海沿岸、南シナ海周辺、朝鮮半島、台湾海峡など、かつて地政学で「リムランド」と呼ばれた空間であり、多くの緊張が集中してきた場所でもある。
こうした周縁部において米国の関与が相対的に後退すれば、地域の安全管理において、地域の国々自身がより大きな役割を担わざるをえなくなる。国は企業のように本社を移転できない。だから隣国と完全に断絶することも、敵を消し去ることも、現実には難しい。この10年の中東は、そうした制約のもとで地域秩序を模索してきた地域でもある。
中東の多重対立はどこへ?
この10年を振り返ると、中東がどれほど変わったかがわかる。10年前、この地域には複数の対立と内戦が重層的に存在していた。
当時、ISIS(イラク・シリア・イスラム国)は広域を支配し、シリア内戦、アフガニスタンでの対タリバン戦、イエメン内戦、サウジ・イラン断交、カタール危機による湾岸協力会議(GCC)分裂、サウジ・トルコ対立、リビアの代理戦争、そしてイスラエルとイラン、ヒズボラ、ハマスをめぐる対立などが同時に起きていた(表1)。中東とその周辺では、単一の対立軸では捉えられない「多重対立」が形成されていたのである。
表1に見られるように、アフガニスタンでは米軍撤退により、対立の当事者の一つが退場した。サウジ・イラン、トルコとアラブ主要国、カタール危機、イエメン、リビアでも、かつて地域を分断していた対立軸は、少なくとも表向きには大きく整理された。もちろん、利害の違いや代理勢力の問題が消えたわけではない。それでも、いま各国が向かっているのは、対立を再燃させることではなく、正面衝突を避けるための対話や調整の回路を持つことである。
表1 中東における主要な対立・課題(抜粋)
| 主な対立・課題 | 2010年代半ば~後半の状況 | その後の変化 |
| ISIS | イラク・シリアで広範な領域を支配 | 領域支配を喪失 |
| シリア | 内戦が継続、アサド政権をめぐり域内外の勢力が対立 | アサド政権が崩壊し、新たな地域秩序への移行が進展 |
| アフガニスタン | 米軍駐留下でタリバンとの戦闘が継続 | 米軍撤退、タリバン復権 |
| サウジ・イラン | イランが「シーアの三日月」と呼ばれる影響圏を広げるなか2016年に国交断絶 | 2023年、中国の仲介で国交回復 |
| GCC内部 | カタールとサウジ・UAEなどが対立 | 2021年のアル・ウラ合意でカタール危機が終結 |
| トルコとアラブ主要国 | サウジ、UAE、エジプトなどとの対立が深刻化 | 関係修復が進展 |
| イエメン | 内戦が本格化 | 戦線の凍結と交渉が併存する時期を経て、フーシ派とサウジの緊張再燃 |
| リビア | トルコ・カタールとエジプト・UAEなどの支援勢力が対峙 | 国家分裂は続くが、外部勢力間の対立は相対的に緩和 |
| イラン・イスラエル | 代理勢力などを介した対立 | 直接的な軍事衝突を含む危機的状態が継続、未解決 |
出典:筆者作成。
残る最大の火種:イランとイスラエル
もちろん、これらの変化を単純な和解と呼ぶのは早い。サウジとイランの関係修復は進んだが、両国の利害が完全に一致しているわけではない。地域の他の国々も、相互に異なる利害関係を抱えつつ、複数の外交・通商・安全保障上の関係を並行して維持している。
UAEは2020年にイスラエルと国交を正常化して関係を深めた一方、イランとの商業関係も維持してきた。米軍基地を抱えるカタールは、イラン、ハマス、タリバンとの対話回路を持つ。オマーンは、米国とイランのあいだで仲介役を担ってきた。重要なのは、対立の解消ではなく、その管理を可能にする回路が増えていることである。
そのなかで、なお収め方が定まっていない最大の対立が、イランとイスラエルの関係である。代理勢力、核開発、ミサイル、防空、サイバー、海峡など、複数の領域にまたがりながら、地域全体の危機へ転化した状態が続いている。サウジが検討していると報じられた、中東版の相互不可侵構想も、この文脈で捉える必要がある。狙いは即時和解ではない。軍事的な圧力を受けてもなお、海峡、代理勢力、ミサイル、外交を通じて地域秩序を揺さぶれるイランを、排除するのではなく、地域秩序のルールのなかに組み込むことにある。ホルムズ危機は、こうした未解決の対立が海上交通の秩序を揺るがすまでに拡大し、対立を地域的な枠組みのなかで管理する必要性を改めて浮き彫りにした。
対立を管理する
ホルムズ危機は、足元ではなお不安定な局面にある。米国とイランのあいだでは軍事的緊張が続く一方、ホルムズを米国が外から守るだけの通路ではなく、沿岸国であるイランとオマーンが、国際法と周辺国との協議のもとで管理の作法を作っていく場所と見る動きも出ている。問題は「海峡が開くか閉じるか」だけではない。船が通航できても、それだけで供給網が機能するわけではない。保険がつき、港が受け入れ、買い手が信用し、海軍が護衛することで初めて、供給網は動く。危機が長引くほど、船舶の通航ルール、安全を担保する主体、海上交通秩序を調整する枠組みそのものが争点となる。
ここでいう「管理」とは、誰か一人の審判が対立を裁定することではない。むしろ、対立の当事者同士が直接ぶつからずに済む回路を、複数、並行して持っている状況を指す。前述したオマーン・カタールの仲介機能、サウジとイランのあいだに中国が仲介に入った実績、GCC内部の立場の違い、そして完全な断交を難しくする経済的な結びつき。これらが、対立を「消す」のではなく「一線を越えさせない」ための仕組みとして機能している。今回のホルムズ危機でも、米国とイランのあいだの対話や仲介の回路が細れば、危機は容易に一線を越えうる。
紅海=バブ・エル・マンデブへの波及
危機はホルムズだけにとどまらない。7月以降、イランが支持するフーシ派によるサウジアラビアへの海上封鎖宣言とサウジ側の軍事対応が重なり、紅海とバブ・エル・マンデブ海峡でも緊張が高まっている。紅海、バブ・エル・マンデブ海峡、スエズ運河、さらに湾岸から地中海方面へ抜ける陸上・海上の代替回廊を含め、複数の輸送経路をどのように確保し、どう使い分けるかが問われ始めている。
ただし、フーシ派の宣言を、そのままバブ・エル・マンデブ海峡の全面封鎖と読むのは早い。実際に同海峡を長期に閉じれば、サウジだけでなく、エジプト、欧州諸国、インド、中国など、多くの国々を敵に回すことになる。フーシ派にとって、海峡を実際に封鎖することより、「封鎖されるかもしれない」という空気を作ること自体に戦略的な意味がある。それだけでも、保険料や航路選択に影響し、サウジと米国に追加的な対応コストを意識させることができる。
一方、こうした瀬戸際の振る舞いにも限界がある。フーシ派側の計算違いや、サウジ側の抑制が利かなくなる局面が重なれば、通航停止が現実に転じるリスクは消えていない。「管理された競争」は、当事者が一定の合理性と抑制を維持することを前提とした均衡なのである。
言葉は強く、電話は切らない
中東では、対立がしばしば実態以上に大きく見える。首脳は強い言葉を使い、メディアは敵対を強調し、外交上の距離感も演出される。しかしその裏側では、交渉、仲介、資金、物流、投資、人の往来が途切れることなく続く。強い言葉を使いながら、電話は切らない。旗を振りながら、商流は残す。
連載第3回では、安全保障を外交(Diplomacy)、情報・影響力(Information / Influence)、軍事(Military)、経済(Economic)からなるDIMEの組み合わせとして捉え、米軍基地や迎撃ミサイルだけでは危機を管理できないことを論じた。湾岸諸国は、外交で敵を減らし、情報と影響力で自国への敵意を和らげ、防空で被害を抑え、経済で相手との接点を残すなど、安全保障を軍事に限定せず、複数の手段の組み合わせで確保しようとしている。
サウジがVision 2030で自国を「アラブ・イスラム世界の中心」「投資大国」「三大陸を結ぶハブ」と位置づけるのも、この流れのなかで理解できる。経済・宗教・物流・文化のハブとしての機能強化は、外交・安全保障上の選択肢を増やす動きとも重なっている。
地域の課題は地域で引き受ける
ここまでの変化を一言でまとめるならこうなる。「地域の課題は地域の国々で、自国の課題は自国で」。この動きを単に「米国離れ」と呼ぶと本質を見誤る。中東諸国は米国を捨てようとしているわけではない。「非米化」を進める米国との関係は維持しつつも、地域秩序への関与と自国の戦略的自律性を高めようとしているのである。
その動きは、制度の上にも表れている。上海協力機構(SCO)では、イランが正式加盟国となり、サウジ、UAE、カタール、クウェート、バーレーン、エジプト、トルコなどは対話パートナーとして関与している。BRICS+の文脈でも、イラン、UAE、エジプトが加わり、サウジも招待国として関与を続けてきた。
さらに足元では、紅海、バブ・エル・マンデブ海峡、アデン湾の海上安全保障をめぐり、サウジがリヤドで多国間協議を主導し、トルコ、エジプト、パキスタン、スーダンなどとの海上防衛協力を進める動きが報じられている。サウジ、トルコ、パキスタンの三者協議も、その延長線上にある。実効性はなお見極める必要があるが、重要なのは、地域側が海と通商路の安全保障を米国任せにせず、自ら選択肢を増やそうとしている点である。
もちろん、SCOやBRICS+への関与を、軍事同盟の形成と見るのは適切でない。今回の危機でも、中国やロシアはイランとの関係を維持しながら、直接的な軍事支援には慎重な姿勢を崩していない。中東諸国も、どこか一つの陣営に入りたいわけではない。むしろ、危機時にも利用できる外交・安全保障上の選択肢をできるだけ多く確保しようとしている。
グローバル化の巻き戻し
冷戦後のグローバル化は、米国が支えた海の自由、ドル、金融、市場開放の上に成り立っていた。そこでは、企業が「国を選ぶ」側になった。法人税、規制、労働コスト、港湾インフラの質――企業は地図上で条件を比べ、ビジネスにとってもっとも都合のよい場所へ動いた。国家は、企業を誘致するために税を下げ、規制を緩め、インフラを整えた。いわゆる「底辺への競争」である。
いま起きているのは、その巻き戻しである。グローバル化を支えた米国自身が、内側へ重心を戻し始めている。エネルギー、港湾、データ、鉱物、食料、技術、企業活動を、もう一度、自国の戦略のなかに位置づけようとする動きが強まっている。世界が閉じるというより、国家が条件を受け入れる側から、条件を設計する側へ戻ろうとしている。
その転換の根底には、エネルギーや食料を安定的に供給し、有事の際にも産業と国民生活を維持するという国家の基本的な責任がある。燃料、食料、肥料、鉱物、物流へのアクセスをどう確保するかが、外交・安全保障上の中心的課題となった。
中東諸国は、この変化を早くから感じ取ってきた。自分たちの港、資源、資本、都市を、外交・経済上の交渉資源へと転換しようとしている。サウジによる紅海の戦略的再評価、UAEによる港湾・金融機能の強化、カタールによる天然ガスと仲介外交の活用は、いずれも自国の資源や機能を交渉力へ転換しようとする動きと位置づけられる。
この動きは、中東だけにとどまらない。2022年のウクライナ侵攻直後、国連総会のロシア非難決議に141カ国が賛成する一方、反対、棄権、欠席は52カ国にのぼった。多くの報道はこれをロシアの孤立の証と読んだが、後者の52カ国には中国、インド、パキスタン、バングラデシュなどが含まれ、人口で見れば世界の過半を占めていた。国家数で見る国際社会と、人口、資源、物流、成長市場で見る国際社会は、同じ姿をしていない。
中東諸国は、この現実をよく見ている。陣営を選ぶことよりも、自らの港、資源、資本、都市を交渉資源に変え続けられるかどうかが、これからの国力を左右する。
新しい秩序は中東で先に始まる
危機に強い国とは、危機と無縁な国であることを意味しない。複数の出口を持ち、複数の相手と話し、複数の制度に接続し、危機が生じたときに選択肢を持てる国である。
中東で起きていることは、単なる「遠い地域の紛争」にとどまらず、今後の国際秩序を考えるうえでも重要な示唆を含んでいる。世界でもっとも強力なシーパワーであった米国が相対的に後退し、各地域が自らの安全保障と供給網を引き受けざるをえない時代に、その秩序変化は、中東で先行して表れている。
ホルムズ危機が示しているのは、中東秩序の崩壊というより、新しい秩序の作法である。多重対立から「管理された競争」へ移行し、地域の課題は地域で引き受ける。混乱に見える中東の動きは、世界がこれから向かう変化を、一足先に見せているのかもしれない。
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